英語を教える若い教師の皆さんへ NO.3

       ア ン ネ の バ ラ   京 都

          

  日本が国際競争に打ち勝つ為に企業戦士たちは、さらに、語学力のある人材を求めています。

 その要望応えて文科省は、中等教育にメスを入れ、改革しようとしていますが、これは、大きな誤りです。

 明治時代から現在までにいたる日本の繁栄は、中等教育における「英語教育の成功の陰」と言うことを文科省の官僚も企業戦士も理解していません。

 そして、彼らはわが国独特の英語の学び方の欠点だけに注目してしまっていて自分たちがどれほど、中等教育における恩恵けてたか分かっていないようです。

 前回(NO.2)で述べましたように6時限、前後しかない中等教育の中に、「話す・聞く能力」を上達させる余地はないのです。「話す・聞く能力」育てるには、6時間では、「焼石に水」完全に足りないのです。

 そこで「話す・聞く能力」を育てる為の提案は、高等教育の現場、大学、もしくは、政府機関、地方自治体がサポートする「英語村」を創設することを提案いたします。

 「英語村」とは全てが英語圏の村と同じ生活をする場所を日本の土地に創する事ですが最低必要なものは、スタッフの居住地域、生徒の寄宿舎(留学生と同居させる)コンビニのような、何でも買える店(スタッフの家族等が経営)です。

 スタッフは、大学・地方自治が、英語圏姉妹校・姉妹都市と契約して、日本のことを勉強したい人派遣してもらい、見返りとして英語圏の土地に、日本語を学びたい人、生徒のための「日本語開設します。 

 スタッフには、光熱費を含め居住代を無料にするだけでなく、奨学金も出しますから、費用は多額になります。

 赤字にならないようにするため生徒は、大学生だけでなく、海外勤務に行く予定の企業戦士たち「英語村」で暮らせるようにし英語村から会社へ毎日出勤させます

 そうすれば仕事以外の時間、英語に全没入の環境(Total  Immersion)で英語が学べます

 また、企業にとっても、有効な施設となりますので、企業から寄付金を募ることもできます

 また、資金を充実するためには、中・高校生も、長期休暇中、短期留学できるようにして、ESL(English as a Second Language)のプログラムも充実させます。

 そして、高校生については、1年間、2か月間、1か月間それぞれのESLプログラムを創り留学生を募り、生徒と同じ部屋で、それぞれの期間共同生活させます。

 中・高校生にとっては、留学と同じ効果が得られるだけでなく、保護者にとっても、「テロなどで治安の悪い海外よりも留学させ易い」という長所もあります。

 また、飛行機代が不要ですので、その分授業料も少し割高で請求できます

 日本の中等教育における英語教育は間違っていないだけでなく日本の教育事情の中で、理に適った方法で、日本の明治以来の繁栄に大きく寄与しています。

「話す・聞く能力」が必要であるとしても、それを文科省や企業戦士の言っているように日本の中等教育の中解決しようというのは大きな誤りです。

 「偉大な魂」と呼ばれる人の共通点「読書が好きで読書を絶やさなかった」という所です。

 英語は、外国語であっても、言語教育の一貫であって、「人格教育」であり自分のアイデンティティを深く掘り下げるのに大きく役に立ちます

 また、ネイティブスピーカー理解する方法で句・節ごとに上から上から理解していく伝統的な英文読書方法は、英語圏の人たちの考え方をも学習者に理解させることができます。

さらに「英語の思考回路」をも学習者に理解させるようになります。

 現在企業戦士たち求めている「話す・聞く能力」中等教育実践する余地がありません

 従って、「高等教育、もしくは、政府・地方自治体が創設すべき、英語村で実践されるべきである」と考えます。

 これが日本人の英語力を向上させる為の最上方策です

 

 

日本の英語教育は果たして正しいのでしょうか? N0.2

 

      ア ン ネ の バ ラ  京 都     2022年

          

 

   2011年3月11日東日本大震災により、日本全国悲しみに包まれる中一番悲しんで然るべき東北の人々は、逆に全国の日本人に勇気を与え、「日本人は恐るべし」思わせるほど驚きと感動世界の人々に与えることとなりました。

   通常「人間は死という極限状態に追い込まれると、自分のことしか考えなくなるもの」です。

 従って世界では、大震災のような惨禍の中では、人々動物化し、略奪・強姦などが起き、治安が悪くなるのが常識です。 

 しかし、東北の人々は、震災の中でも、お互いを励まし、助け合いました。これは、全世界の人々にとって、驚異を感じるほどの出来事で、我々日本人にとって東北の人々は誇りであり、日本の教育が世界最先端であることをも、東北の人々証明してくれているのです

  教育の最終目標は、「たとえ、死という極限に追い込まれたとしても、人間の尊厳を最後まで失わずに居る」ということだと私は思います

 これを、実際に、実行出来た東北の人々素晴らしいだけでなく日本の教育の優秀さを全世界に示してくれたのです。

 日本の教育は間違っていないどころか、世界有数の優秀な教育なのです。

英語を学ぶ生徒の皆様若い英語教師の皆さんへ

 日本教育素晴らしいところの一つに、「バランスのとれた教科数」があげられます。

 義務教育の最終段階である中学校では、9科目1週間の中で学びます

 開発途上国の中には、世界競争に打ち勝つために、役に立ちそうな語学教育だけを偏重したりしますが、そのような教育は間違いでしかありません。

  日本は、自分たちの教育を誇りに思いこそすれ文科省の支持通りに、「ころころと変える必要はない」私は思っています

 この事を前提とするならば、1週間の中の英語の時間数は、週6時間前後となります英語の時間数が少ない学校は4時間ということもあり得るかもしれません。この限られた授業数を有効に使うにはどうすべきなのでしょうか

 英語の力「読む・書く・聞く・話す」4つに分けることができますが日本の英語教育は明治時代から、「読む力」を重視して来ました。

 それは、当時、先進国であった西洋から知識を学ぶためでした。

 そして、この英語教育があったからこそ現在の日本の繁があることを忘れてはならないのです。

 日本の英語教育国語教育と同じく今でも「人格教育」の中心で、その重要性は現在に於いても、未来に於いても不変です。しかも国語とは違う読解力・理解力を、「英語による読書」は与えてくれます

 さらに最新の情報は、学会でもほとんど英語でまず発表されるので英語国際共通語としての重要性も増しつつあります

 一流の人物を輩出するためにはまず「読む力」をつけさせることが必要不可欠です。

 このことは、現在も未来も、昔と変わらないのです。いや昔以上に重要なことと言わなければなりません

 この読む力を蔑ろにして、文科省や、企業戦士たちは、中等教育「聞く力・話す力」をもっと重視するように求めていますが、大きな誤りだと私は考えます

 6時間しかない時間全部割いて「聞く力・話す力」つけるために当てたとしても、その力の習得はほとんど不可能です

 なぜなら、「聞く・話す力」の習得には「全没入(Total Immersion)の環境忍耐を伴う「繰り返し作業」必要で、週6時間では、「聞く・話す力」獲得するには、全く足りなくなるだけ、「焼石に水」状態の悲惨な授業になるだけなのです。

 しかも、「人格教育」の大切な時間が奪われるのです。

 日本「伝統的な英語教育」は、限られた授業時間数の中、「辞書を片手に、いかに、英文の内容を正確に把握するか」追求した、日本人の知恵の詰まった素晴らしい手法なのです。

 英語圏とはかけ離れた「文化」を持つ日本人にとって、「伝統的な英語教育法」は、ごく短時間で英語の古典まで読むことを可能にする日本独特の効果的な学び方なのです。

 英語圏外国人先生(Native Teachers)は、私たちがシェークスピア時代の文章を教えると「そんな言い方は古臭くて、今は使いません。」直ぐに反論してきます。

 しかし私の視点は、「国際人としての素養」として、また、相手の信頼を勝ち取るためには、「相手国の古典は読んでいなければならない。少なくとも、古典を読む力がなければ、相手国の人達と対等に渡り合えない」ということです。

 英語共通語とする国際人たちと対等親交関係持とうとするなら、自国の古典だけでなく、相手国の古典を読んで相手国の文化を熟知して、尊敬の念を抱かせることが必須だからです。

 古典の読み方など英文科へ行く者以外、大学では学べません

 高校では、「辞書片手に自分で努力すれば、英語の古典が楽しめる程度に成る。」ということを、英語教師は教えているのです。

 「話す・聞く力」独学で学んでいけますが、古典を読めるようになる「読み方・文法」は、教師から学ばなければ、一生身に付かない能力だからです。

 もう一つ「日本の英語教育」の強みは、読む力に於ける、教師の為教科書マニュアル(Teacher’s Manual)」が素晴らしいということです。

 日本では、第一外国語として、義務教育最終段階である中学校の生徒英語を学ばなければなりません生徒たちに実力をつけるためには、「英語の能力の優れた教師」を多数手配しなければなりません

 しかし、実際には、各学校は講師の人数も含めて、優れた教師の確保というのは、「至難の業」となります。

 教員免許を持っていても、優秀とは限らないからです。

 しかし、「日本の教師のためのマニュアルは、教師の実力不足を十分補ってくれるほど丁寧で、素晴らしいものです。

 日本人は、英会話さえできれば、「尊敬の念」相手与えられると勘違いしてしまいます。

 英語圏では聞けて、話せても、読めない、書けない人々がたくさん居ます

 従って聞けて、話せても、相手国の人々から、尊敬されることには繋がりません。

 「愛について」、「平和とは?」、「自由について」、「友情とは?」など、どの国民も憧れる事について、討論できる能力がなければ、相手国の尊敬の念を自分に持たせることはできないのです。

 抽象的事象について、討論できる力が獲得できてこそ相手から尊敬の眼差し見られ国際人として認められるのです。

 誤解しないでください。私は「話す・聞く力」を軽視しているわけではありません。

 私の意見のポイントは、中等教育では、自分のアイデンティティを深く掘り下げるために、また、人格教育のため、英語は国語と同じ様に、「読む力」の獲得が重視されるべきであるということです。

 中等教育では、週6時間程度しかない中に、さらに「話す・聞く力」も学ばせようとする文科省の今の方針間違っていると言いたいのです。

 では、「話す。聞く力」はどのように、学ぶべきなのでしょうか? 

 私の考えは、聞く能力のために、初等教育大量の英語音声を生徒に聞かせ聞く耳敏感にさせ、抽象的な事柄に議論できる能力は高等教育の場で行うべきだと考えています。

 政府の機関、地方自治体の機関、もしくは、然るべき大学の機関に「英語村」を創設し、英語しか使えない、完全没入(Total Immersion)の環境を創り、ある程度の期間中、24時間集中教育を施し、「英語漬け」にすべきだと考えています。「英語村」については、次回のブログで詳しく述べるつもりです。

 

 

 

 

日本の英語教育は果たして正しいのでしょうか。 No.1

       

             ア ン ネ の バ ラ

 

「経験というものは、欲しいと思ったものが得られなかった時に、はじめて得られるものです。」

 この言葉、47歳という若さで亡くなったランディ・バウシュ教授「最後の授業」での言葉です。この意味は、「経験」即ち「技術の様なもの」は、失敗はするべきで「失敗が無ければ、技術や経験は身に付く事は無い」ということを意味しています。

 私は、40年間英語の教師でしたが、英語の勉強にもこの事が当てはまります。

 英語の勉強をする際に生徒たちには、大きな誤解生まれます。それは、「学校の授業を受け、先生の話を聞いて、ノートを取り、試験前に復習さえすれば、英語の実力が付く」という誤解です。

 数学や理科の勉強は、労力をできるだけ省き、近道をした方が良い学問です。しかし、英語は違います。なぜなら、英語はスポーツや楽器演奏の技術と一で、忍耐努力を持って日々会得して行く「技術」だからです。

 貴方プロのピアニストなりたいとしましょう週に何回か 日本一素晴らしいピアノの先生就いて学んだとしてもどんなに分かり易い説明を聞いたとしても、 もし貴方が、努力と忍耐を持って、自分から進んで日々、毎日練習しなければプロどころか、貴方の特技にもなりません。

 英語の勉強も同じです。英語力即ち「話す・聞く・読む・書く」は、全て技術ですから、日々練習をしなければ、決して身に付きません

 練習とは失敗の積み重ねです。ランディ・バウシュ教授言うように、失敗をするから、技術は身に付くのです。

 プロのテニス選手になった人も、最初は面白くない「素振り」繰り返しボールを打ち出した時は、「空振り」・「ホームラン」・「ネットに引っ掛ける」というような失敗を重ねて行くから上達するのです。

 では、英語の学習における失敗とは意味するのでしょうか?

 それは、「予習を毎日する」ことです。復習も疎かにしてはいけません復習には失敗がありません

 どれだけ復習をしても繰り返しがなければ「技術の修得」には繋がりません

 確かに、復習さえしていれば記憶力の良い人ならば、中間・期末テストでは高得点が取れるかもしれません。

 しかし、これは、自分の暗記力の良さを人に見せつけ、優越感に浸ることにしかなりません英語の実力は、復習だけでは絶対に身に付かないのです。

 「勉強は家でするもの」です学校は、教師に自分勉強の仕方が間違っていないか指摘してもらう、つまりフィードバックしてもらう所なのです。

 さて、スポーツや楽器演奏の失敗は、どのようなものかは、分かり易いですが、それでは英語の失敗とは具体的にどのようなものを意味するのでしょうか。

 英語に於ける失敗とは、読む力では、正しい訳を知る前に、辞書を片手に持ちながら自分なりの訳をすることです書く力於いては、「文法のドリルの数を毎日熟す事」、あるいは、「毎日、英文を書いて、教師に添削してもらう」を意味します

 どの場合も、辞書を参考にすることは構いませんが、失敗をすることが目的ですから、正解を先に見ることや、自分が解答する前に、他人から簡単に正解を教えてもらうこと厳禁です。

 なぜなら、そこには、失敗が無いからです。

従って、予習時に、教科書ガイドを見ながら勉すること最悪です。そこには、失敗が無いからです。

 英語の読む力を身につけるには、辞書と参考書を頼りに、まず自分なりにトライし、失敗することが大切なのです

 もう一つだけ、注意をすることがあります。

 それは英語を学ぶ生徒さんたちには「ノートに日本語の全訳を書かない」英語を教える教師ノートに全訳書かせないいうことです。

 英語を学ぶということは英語での考え方を身につけることが一番大切です。

 ところが全訳ノートに残すと、内容・概念 ⇒ 日本語文 ⇒ 理解の順番になり、これでは日本語の勉強であって英語の考え方は、絶対に身に付きません

 必ず英語の内容・概念 ⇒ 理解 ⇒ 綺麗な日本語文の順でなければなりません

 この順で学ぶためには、内容・概念を把握するために、上から内容把握して行く、「直訳」即ち、日本語の助けが必要になります。 

 つまりネイティブスピーカーが英文を理解していくように句(phrase)・節(clause)ごとに分けて上から、上から訳す」という技術必要なのです

 その為に英文法を学ぶこと必須です

 読む力無いならばどれだけ「話す・聞く」能力があっても、国際社会の組織や企業働くことはできません

 読む力を身につけること生徒教師疎かにしてはいけません

 もう一度、繰り返します。「勉強は、基本的には面白いものではありません英語のプロになるつもりならば、忍耐を持って、毎日鍛錬しなければ決して英語修得することはあり得ません

 ちょうど野球をする高校生が「甲子園」目指して、苦しい練習に耐えるような努力絶対必要なのです。

 

ぜひ、実践してみてください

 

志の必要な職業 3 「教師」

           日  没     岡  山  

 

「教育の究極の役割は人類文明持続への貢献だ。加えて、わが国の命運もかかっている」

 これは、野依良治氏の教育に関する名言です。日本の命運を左右し、支えるのは、まさに、「教育」です。 

 従って、どんな職業よりも、「志」が必要なのは、教師職と言っても過言ではないでしょう。

 現在、日本は、あらゆる部門で、衰退の一途を辿っているようです。

 これは、「日本の教育の在り方がどこか間違っているからだ」と私は考えています。

 2側面から「日本の教育」を分析して観たいと思います。

 まずは、教師採用の側面から考えましょう。さて、どの様な人物が教師に相応しいのでしょうか。

 日本の文部科学省は、「賢くて、優秀な人物」を求めているようです。これは、教員採用試験内容を見れば明らかです。しかも、最悪なのは、日本の賢くて、優秀な人物とは、知識偏重で、暗記力の優れた人を、日本の文部科学省は採用しているようです。これが、日本の子供達の成長には、マイナスなのです。

 「暗記力に長けて、賢い人」と言うのは、苦労せずに知識を修得してしまいます。これは、教師の質にとっては、なのです。

 なぜなら、その教師は、自分が簡単に習得できるのに、「子供達がなぜ習得出来ないのか」が理解できない、分からないからです。

 教師にとって、「優秀」であることは、反って「負の資質なのです。

 教師に向いているのは、むしろ、不器用で、習得しなければならないことを、苦労して習得している人物です。

 こうした人物教師に相応しいのです。また、その様な教師は、生徒たちに、「自分にも出来る」と悟らせ希望を与えることが出来るのです。

 そして、その様な教師自身の存在が、生徒たちの励ましにもなり得るのです。

 さらに、教師求められる資質として、「徳の高さ、良心が心に充満している事」が大切です。

 文科省の方々に心留め置いて欲しい事は、「知識豊富で優秀な人物と良心が充満した人物とは、正比例しない。むしろ、無関係な資質である。」と言うことです。

 「健康な精神は、健康な肉体に宿る」というギリシャ代からの格言があります。

 スポーツを極めた人物の中には「スポーツを通して子供達と一緒に成長して行きたい」という志を持つ者がいます。この人達には、教師に適した人材が多いようです

 スポーツや芸術を極めた人物は、子供達からの信頼も得やすいので、中等教育教諭に向いています。この様な人物の、努力して獲得したスポーツ・芸術に於ける技術力の高さは、生徒たちの信頼を勝ち取るのに役立ちます

 「教育」というものは、教師と生徒の間に信頼が無ければ成り立たないものだからです。

 日本の教育を衰退させているもう一つの原因は、教師を他の労働者と同様に、「時間」で管理しようとする姿勢です

 現在、文部科学省は、日教組や政権を狙う野党の圧力で、「三六協定」なるもので、教師を管理しようとしています。

私は予言しておきます。「三六協定」は必ず破綻しま

 なぜなら、時間の制限は、教師と子供達の魂と魂のぶつかり合いと言う「教育のダイナミックス」妨げるからです。

 「三六協定」が施行されてから学校の責任者、校長は、教師の過労死等訴えられるのを恐れ教師が、学校に残っている事さえ禁止する学校が増えています

 これでは、教育の本当の意味「生徒の能力を引き出してあげること」は不可能です。

 分かり易いように、中学や高等学校野球選手の例挙げてみましょう。守備が下手で、上手くなりたい生徒、A君が居たとします。A君は、学校のクラブの教師コーチんで、全体練習後、ノックをしてもらいます。毎日、夕闇でボールが見えなくなるまで、コーチにノックしてもらったお陰で守備が上手くなり努力する事の大切さ学び、勉学にも影響を与え、著しい成長遂げることができました。

 この類の経験をして、成長して、プロ選手になったり、素晴らしい企業戦士になった生徒は、数えきれないほど昔は居ました

 しかし、現在この様な生徒の成長は、期待できないのです。校長は、保護者の顔色ばかり気にし訴えられる可能性を無くす為、また、「三六協定」を守る為、教師に、課外活動で、遅くまで生徒たちを手伝うことを禁止しています。

 課外活動を無理やり教師にさせることは間違いですが、課外活動を通して、生徒と成長していきたいと望む教師まで、その権利を奪うことは誤りです

 現在文科省は、教師が課外活動に関わらなくて良いように、地域に課外活動だけの専門家を育てようとしています。

 これには、大きな弊害があります。なぜなら、課外活動だけの専門家は、生徒の成長より、お金儲けや自分の名声のためだけに、視点を置いてしまう可能性が高いからです。

 生徒の成長を一番願うのは、やはり、親と教師です。

 課外活動を指導できる教師がいるならば、やはり、教師が指導するべきなのです

 日本は、一時期、アメリカを凌ぐ程勢いのある経済大国でした。それは、過去の日本教が、海外で活躍する企業戦士に素晴らしい人材を送っていたからです。  

 現在、衰退の一途を辿っているのは、日本教育の改悪が原因です。その改悪の中心は、「三六協定」です。

 西洋の教育に於いて、社会が教師に課する責任は、「教科指導」だけです。

 しかし、日本は、西洋とは違い伝統的に徳育」も学校の責任となっています。

 西洋では、徳育は、教会が責任を持ちます。ですから、西洋では牧師の社会的地位は高いのです。

 ところが、日本では、徳育については、伝統的に、校の教師任されて来たのです。

 その為、日本の教師は、「先生」と言う称号が与えられるほど、西洋に比べて、日本の教師は、社会的地位が高いのです。

 明治時代以来、日本の教育、特に、教師の在り方は、正しい方向にありました。そのお陰で、日本は、一時期、アメリカから恐れられる程の勢いのある国だったのです。

 この事を理解せずに、政府や企業戦士たちは、グローバル化」の意味を取り違え、日本人の素晴らしい素質を消してしまう方向に動いてしまったのです。

 「グローバルとは、技術はユニバーサル・各国共通であるべきですが、文化はローカル・地方色豊かであるべき」なのです。

 教育それぞれの国の文化なのです。企業戦士たちは、自分たちが得た「日本の教育の素晴らしさ」気付かず「誤ったグローバル化に走り、政府その誤った方向に進んでいるのです。

ここに、日本の衰退の一原因があります。

 日本の教師は、元来、安月給でした。高月給は必要でしょうか。高収入にするから、「頭でっかち」の、暗記力だけが良い、教師に向かない人間が、教師職に集まって来るのではないでしょうか。

 しかし、その代わりに、教師は、社会的地位があるだけでなく、そうであった様に、社会から尊敬の念も持たれ、信頼される必要があります。  この点について、文科省は、教師のサポートしてあげるべきなのです。それによって、教師は、「教師に相応しいプライド」を持つことが出来るのです。

 日本が、過去の栄光を取り戻すには、「誤ったグローバル化」よりも「教育の復活・教師の再生」必要なのです。

 を持つ、子供と成長して行くことが好きな人物が、日本の教育界に数多く輩出することを願っています。

 

民主党 アメリカ合衆国大統領 2人の大罪

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        冬と春の境目  森 林 公 園   岡 山

 

 民主党元合衆国大統領、オバマほど、歴代のアメリカ合衆国大統領の中で、「人格者」は居ないと言っても過言ではありません。

 しかし、彼の犯した外交上のミスは、戦争を引き起こした歴代のアメリカ合衆国大統領比較しても、はるかに多くの人命を奪ってしまうミス犯してしまいました。

 舞台は中東でした。2010年から2011年に、「アラブの春」と呼ばれたアラブ世界の民主化運動は、イラクシリアに於いても、民主化運動が吹き荒れる結果となりました。

 2つの国には、共通点がありました。それは、「どちらの国も、裕福な少数民族からなる政府が、腐敗政治をしながら、弱者の多数民族を支配する」という構図を持っている事でした。

 イラクは、シーア派イスラム教信仰者が多数を占める国です。

 しかし、2003年まで、政府は、富裕少数民族である、スンニー派出身のフセイン大統領が支配し、親戚・同族のみで利益分配をする腐敗政治が横行しておりました。

 しかし、オバマ直前のアメリカ大統領であった、ブッシュJr氏によって、イラク戦争が引き起こされ、イラクにおける少数スンニー派の支配は終わりを告げることとなります。

 ブッシュJr氏の後アメリカ合衆国大統領に就任したオバマは、戦争嫌いで、中東の地で、アメリカ人若者たちが血流すことを嫌い

イラクに於けるアラブの春の混乱を放置したまま、201112月、米軍を全面撤収しました。

 その後、イスラムシーア派大国イラン介入もあり、多数民族のシーア派の政府が、イラクで誕生します。

 しかし、恐怖政治を強いていたスンニー派の少数富裕層に対する、シーア派民衆の恨みは深くスンニー派への弾圧・迫害が続きました

 オバマによって、引き起こされたアメリカの影響力の減少空白混乱に乗じてISIL、イスラム国の誕生という最悪の事態も招きました

 イスラム原理主義の、ISIL、イスラムは、奴隷制の実施等、人権無視した暴挙で、この地域弱者を虐げました

 オバマこの地域の混乱よりも、自国の利益を優先し、力のバランスを崩して、力の空白生み出した結果イラクでの、アラブの春が、イスラエルが予言した通り「アラブの冬」となり、この地域の多くの人命幸せな生活奪うことに繋がったのです。

 一方、シリアでは、イランのシーア派に近い少数派、アラウィー派アサドJrが、父の後を継ぎ、大統領の権力を笠に、腐敗政治を行い、アラウィー派の親族・同族だけに利益を齎しておりました。

 シリアは、イラクとは真逆で、スンニー派多数派の国でした。

 シリアイラクと同様アラブの春民主化運動吹き荒れ他の外国勢力が妨害しなければ、多数派のスンニー派が、民主国家を創設するはずでした。

 ところが当時アメリカ合衆国大統領オバマは、自国の若者の血が流されるのを嫌いシリアでの影響力を縮小させ、イラン・ロシア・トルコに、シリアの混乱処理を任せてしまいます

 戦争は、力のバランスが崩れた時に起こります

 この機に乗じて、ロシアは、中東での勢力拡大の為、それまで、劣勢であった、アサド政権を助け武力でもって、シリアの民主化を妨げました。

 現在ウクライナで、プーチン武力で暴挙を起こしていますが、シリアでも、同じ様に、シリア破壊して、思慮あるスンニー派のシリア国民弾圧しました。ロシアとアサド大統領は、化学兵器さえ使用した」と言われています

 アメリカ合衆国大統領オバマは、諜報機関からロシアとシリア化学兵器、細菌兵器を使用する恐れがある」と情報を得ていました化学兵器、細菌兵器を使えば、レッドカートだ」シリア、アサド大統領に、警告してはいましたが、アサド大統領が科学兵器を使用した後もシリアへの影響力を放棄しロシア・イランに治安を委ね、放置したまま、何の行動をも起こしませんでした

 この弱腰姿勢が、ロシアのプーチン更に傲慢にさせ、助長させる結果に繋がっています。

 ウクライナに於けるプーチン氏の暴挙は、「シリアに於けるアメリカの弱腰」大きく影響しているのです。

 現アメリカ大統領、バイデン氏は、シリアでのプーチン氏の暴挙当時、副大統領の要職に在りバイデン氏にもアメリカの弱腰」に責任があります。

 バイデン氏ウクライナの関係を説明すると、彼が、オバマ大統領の下、副大統領であった頃2009年7月に、不正選挙を覆しウクライナに新欧米政府を樹立させた時から今まで、深い関係を保持してきました。

 2020年バイデン氏の息子が、ウクライナ企業から破格の金額を授与され、税金問題で、アメリカ全国話題になった事もあります。

 バイデン現アメリカ合衆国大統領の外交上の大きなミス一つは、アフガニスタンからの米軍撤退」です。悪名高く、愚かなトランプ大統領でさえ、外交・軍事専門家の言うことを聞いて、撤退を躊躇していた事項であるにもかかわらず、後先の見通しもなくアメリカ兵の血が流されることを嫌がってアフガン撤退を実行いたしました。これは、側近、外交・軍事専門家の助言を無視した行動でした。

結果は、皆様ご存知の様に、非近代的なタリバンが、あっと言う間に、アフガニスタン全土を掌握し、政権に返り咲きました。その為豊かさ取り戻しつつあったアフガニスタン国民は、又もや、食料も暖房も得られない生活落とし入れられました。中村哲氏の努力も水泡に帰すこととなっています。

 何よりも最悪なのは、あまりにも多くのアフガニスタン国民が、難民となってしまったことです。  しかも、本来、アフガニスタン国を支えることのできる慮ある人たちが、殆ど難民として、国外に逃避してしまった事でした。

 これによりアフガニスタン国内に於いて、貧困・飢え・病の為、さらに多くの国民が命を落とす事となりました

 その中で、最も被害を受け、犠牲となったのは、子供たちでした。

 プーチン氏のウクライナ侵攻でも、バイデン米大統領の失策が続きます

 大国の外交で、最も大切なのは、「相手の国に、戦争の意志を捨てさせる事」です。

 しかしながら、ロシア軍ウクライナに侵攻する前に、有ろう事かバイデン氏は、「少しぐらいの侵略は、容認する発言」をしてしまったのです

 これによりロシア、誤ったメッセージを伝える事となりプーチン氏を助長させ、ウクライナの悲惨な現状に繋がっているのです。

オバマバイデン氏と言う民主党大統領2人と、その間の、「プーチンを天才」と称えた、史上最低の大統領、トランプ氏を含め3代に渡るアメリカ大統領の「自国の利益しか考えないアメリカンファースト」が、世界に「力の空白」を生み出してしまったのです。

 この「力の空白」の間に、ロシアのプーチン氏、中国共産党習近平氏、北朝鮮金正恩傲慢にさせ、助長させる事となったのは、この三代アメリカ合衆国大統領の失政責任でもあるのです。

 「人命より、自国の利益を優先する悪人」が、世界に解き放たれるのを防ぐには、世界警察が必要です。

 その中心を担うのは、今のところ、アメリカ合衆国しかありません。「強いアメリカ」の復活を祈ります

アメリカ大統領、バイデン氏には、汚名挽回の機会が未だ残されています

 

 

 

プーチン大統領の暴挙を止めることのできるのは、ロシア国民です!

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        森 林 自 然 公 園     岡 山

 

「侵攻はしない」噓の報道で、世界を欺きウクライナ侵攻で、戦争を始めたプーチン大統領は、歴史上ドイツのナチスヒットラーに次ぐ、多くの人の命と幸せを奪った戦争犯罪人です。

 プーチン戦争犯罪人としての主な証拠を、3つ挙げます。一つ目は、シリアでの犯罪です。

 2011年、「アラブの春と呼ばれる民主化運動」がアラブ世界で吹き荒れていた時代シリアを支配していたのは、父親から、世襲された政権を引き継いでいたアサド大統領でした。その政治は、恐怖政治で、自分たちの一族であるシーア派に属するアラウィー派にだけ利益が与えられる典型的な腐敗政治が横行しておりました。さらに、化学兵器を使ったのではないかと噂されるほど、民衆を弾圧しておりました。

 シリアは、イラクとは真逆で、スンニー派が多数派に成る国です。アラブの春運動」で目覚めた国民は、恐怖政治を行うアサド政権に、民主化を叫び、打倒しようとしました。そのまま進めば、アサド政権は崩壊し、平和を願う多数派スンニー派の人々が、民主主義政府を布くはずでした。イラクとは真逆ですが、似た国が出来るはずでした。

 しかし、ここで、ロシアのプーチンは、自国の利害・利益だけの為に、シリアに、軍事力で介入し、シリアのアサド政権がそのまま続くことに、手を貸しました。

 アサド大統領今まで以上に、暴力による圧制を布きスンニー派を弾圧しました。その結果シリア国内は、内戦状態に陥りイスラム国(ISIL)をも、誕生させてしまう事となりました。

 この事件で、何よりも悲惨なのは、難民が多数発生したことです。2017年時で、難民数は、660万を越えました。戦争難民で、最も被害を受けるのは子供でした。

 2020年時で、政府の弾圧・貧困・病等で、38万人もの難民が亡くなり、今も死者の数は留まる所を知らず、増え続けています

 戦争よりも遥かに多数の死者を出してしまった直接責任は、戦争犯罪者、プーチン露大統領在ります。プーチン露大統領が自国利害の為に、介入しなければ、こんなに多数の死者を出すことはなかったのです。

 2つ目の犯罪は、アフガニスタンに於いてです。アメリカのアフガン侵攻により、一度は、「死に体」となったタリバン政権でしたが、アフガンに於いても、プーチン露大統領は、持ち前のずる賢さを発揮します。自国の利益、即ち、アメリカをアフガニスタンに留まらせ、合衆国を疲弊させるために、プーチンは、山に隠れてテロ行為をするタリバンに手を貸し武器を供給しました。結果タリバン勢力盛り返しました。

 アメリカ合衆国バイデン大統領の命令の下駐留部隊撤収後タリバンは再度政権を自分たちの手中収めます。

 アフガニスタンは、これにより、混乱に陥りアフガニスタンの、平和を望む思慮ある国民の大半は、難民となってしまいました。

 シリア難民同様アフガニスタンでは、戦争で亡くなる死者よりも、はるかに多い人たちが、今もなお、貧困・飢え・病気等で亡くなっています

その大半は、何の罪も無い子供達です。

 3つ目の犯罪が、クリミア半島から始まり、今また、ウクライナ侵攻し、「大ロシア構想」という妄想捕りつかれたプーチン露大統領愚行です。

 クリミア半島の場合、ロシア軍侵攻では、住民多数の支持がありましたから、まだ許される部分があるかもしれません。

 しかし、ウクライナには、プーチンロシア政府の傀儡政権に成る為に送り込まれた一握りの人間しか、プーチン支持者は居ません

 今なお、ロシア軍は、ウクライナに侵攻し続けておりますが、このままでは、シリア・アフガニスタンと同じく甚だ多くの難民が発生し、夥しい数の人命失われるでしょう。

その犠牲者の大半は、子供達です。

 私は信じています日本にも悪い人たちが居るようにロシアにも、プーチンのような、悪人が居るかもしれません

 しかし、ロシアの大半の国民は、平和愛する勇気ある人たちで、平和の為世界の為立ち上がってくださること信じています

 「平和な世界」を創設する為に、全世界の人々は自分に出来ることをして、立ち上がらなければなりません

 今、最も大切な事は、ロシア国民が全世界の人々の支持を得て立ち上がることです

 プーチン氏を大統領から罷免し、プーチン氏に、自分の犯した大罪の為、国際司法裁判所に出廷してもらおうではありませんか

 全世界の人々は、平和のバトンを、心あるロシア国民皆様に託しました

平和な社会を創設する為、今、最前線に居るのは、ロシア国民なのです

 平和を創れることが今できるのは、ロシア国民だけなのです。

 なぜなら、今、プーチン氏を抑えることができるのは、ロシア国民だけだからです

 

コロナ禍で分かった 日本の悪リーダー 3タイプ

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           紫 宸 殿   京 都 御 所

 

 現在、オミクロン株猛威るっていますが、日本リーダーたちは、オミクロン株を正しく恐れ理解し、国民を導かねばなりません。しかし、ほとんどの日本のリーダーたちは、保身のため国民を誤った方向に導いているようです。

 今回は、オミクロン株の対応から、リーダーたちの迷走ぶり3タイプに分け、考察することによって、「日本に相応しいニューリーダーの到来」を期待したいと思います。

 まず、第一の例として挙げられるのが、政治家によくあるタイプです。即ち、身の保全策を第一に、安全運転だけを優先し、何もしない、「石橋をたたいてしか渡らない」タイプのリーダーです。

 この典型例が、現総理大臣です。感染者の数が急増することは、私でも予想出来ました。心ある感染症専門家たちが、「コロナウィルス対応を全医療機関で対応できるように、エボラ熱と同等に扱わないで、インフルエンザ同等の対応をするべきだ」と助言しているにもかかわらず、現首相は、「オミクロン株は重症になりにくく、インフルエンザ扱いが可能かもしれないが新種の死亡率の高い新しいコロナウィルスが出現すれば、基にもどすのが困難だから」と言って、貸しませんでした。

 これは、大きな間違いです。ウィルス感染症の専門家によると、「普通、自然界のウィルスは、感染しやすい状態に進化していくのが常識です。感染しやすくなることと重症化・死亡率が高くなることは、反比例の関係にあるのです。」

従って、オミクロン株から、死亡率の高い新株が生まれる確率は、極めて低いのです。

 もし、一歩譲歩してコロナウィルス人工的なもので、現首相の言う通り重症率・死亡率の高い新株出現したとします。

 それなら、その時点で臨時国会を開いてでも、その新株を新しいウィルスとして、現状の扱いに戻すことは、可能なことです。

 ただ、政治家が面倒さを嫌がっているだけです「有事」の時に、政治家が取る行動としては最低です。

 政治家の中には、「コロナウィルスを五類感染症にしてしまうと国民がワクチンを無償で受けられなくなる」と言って反対する政治家居ますが、これも、「政治家の怠慢」が生み出す考え方です。

「時限立法や特別措置法」という形を取れば現在措置の良い所残せるはずです。

 現在オミクロン株が蔓延している最中、人命を守らなければならない医療従事者たちは、「濃厚接触者になる」或いは、「陽性者が出ただけで、幼稚園や小学校が簡単に閉鎖になるため、子供たちが自宅に居るので、医療に従事できなくなる」等で、医療界は混乱、医療崩壊逼迫し、オミクロン株で、弱った高齢者が、成人病等との合併症にかかり助かる命さえ助からず、死亡率増加しております。

 このままでは、毎年、肺炎等で死亡する高齢者の数は、例年より急増するでしょう。

前述の「合併症でなくなる数」も、「オミクロン株の死者数」に、愚かにも含まれています。

 しかし、最悪なのは、この先、経済崩壊のために、「家庭崩壊・自殺する人々の数」が、「数え方が愚かなオミクロン株の死者数」さえ、遥かに上回る時が来てしまうということです。

 今こそ、政治決断で、この混乱を防ぐべき時です。これを決断するリーダーの出現を祈ります

 第二の例として挙げるのは、コロナ禍の最前線に居る地方自治体のリーダーたちです。

 知事の中には、「まん延防止等重点措置」を、責任逃れの「免罪符」のように実施している知事がいます。

 最前線に居るはずの知事に問います。「人流抑制をしても、効果がない」ということが証明されているにも拘らず、なぜ、そこから目を背けるのですか。

デルタ株の時の収束の仕方を見てください。まん延防止措置を取らなかった県も、まん延防止措置を厳しく取った都道府県も、同時期に収束したのは何故ですか。

また、オミクロン株が猛威を振るう中沖縄・山口広島先行して、「まん延防止等重点措置」を実施しました。それでも、潜伏期間が短いオミクロン株なのに、現在も、他府県とほとんどかわらないのは、「飲食店だけを人流抑制しても無駄」ということを示す証明です。

知事や評論家の中には、「まん延防止等重点措置が甘いので、緊急事態宣言等のさらに厳しい措置が必要」と言っている人たちも居ます。これも、大きな誤りです

 その様な人達は、「ロックダウン宣言」を出しても感染者増加を防げなかったヨーロッパ諸国から何を学んでいるのですか愚かとしか言いようがありません

 感染症の専門家は、「縦軸にウィルス感染者数横軸に日数を取るグラフを描くと、どのような人流抑制かけた場合でも、、その面積は変わらない」と断言しています。

 即ち、「人流抑制をして、一日の感染者数を減らしても、日数が伸びるだけで、ある程度の人たちが感染するまで、収束しない」と言う意味になります。まん延防止等重点措置を解除した沖縄で、再度、陽性者が増加しているのは、「人流抑制をしても無駄」という感染症専門家の言うことが正しいという新しい証明です。

 人流抑制効果は、「感染を遅らせ、時間を稼ぐ」ことで、時間稼ぎして、ウィルスまん延に備えて、対策を立てる時間を稼ぐことだけに有効なのです。

 しかし、現在の様に全国にオミクロン株が蔓延している状態で、「まん延防止等重点措置」を施行し、人流抑制をしても、ピークアウトを遅らせるだけで、日本の経済を、さらに悪化させるだけです。

 知事たちは、「政府や、専門委員会」責任を擦り付ける姿勢ではなく有事最前線での、混乱を最小限に治める姿勢示すべきです。有事最前線での判断で、「まん延防止等重点措置」を解除するべきです

 なぜなら、オミクロン株による死亡者数より、経済悪化の家庭崩壊者数・自殺者数上昇が、これから、さらに悪化するのは明白だからです。

 知事の賢明な判断が要求される時です。

知事が、「日和見主義」に陥っている余裕は、日本には無いのです。それほど、経済悪化が国民を困窮させているのです。

 第三の例として挙げるタイプは、政治の圧力団体」となり、自分たちに火の粉が降りかからないように立ち回り渦中の外で、治まるまで傍観しようとするリーダーたちです。

 日本は、「コロナ禍と言う有事」になって、3年の月日が経ちました。

医療大国、日本に於いて、病床は全国に140万床あると言われていますが、デルタ株が猛威をふるっていた第5次コロナウイルス感染拡大時に、コロナウィルス禍に当てられた病床は、わずか5%程にしか過ぎませんでした。

 コロナ禍が始まって以来2年間、時間の余裕あったにもかかわらず、「志ある医療従事者だけ」に任せて、日本医師会幹部たちは、リーダーとしての責務果たそうとしませんでした

先頃、政府は、保険業務の煩多、崩壊逼迫を見かねて、地方の医師会に保険業務を手伝って欲しいという「お願い」を出しました。

 これを聞いて、日本医師会幹部リーダーたちは、恥ずかしいと思いませんか。この有事の中で、そのように指示を出すのは、政府よりも先に、日本医師会が、全病院先導して動くのが筋ではないのですか。

現在、オミクロン株禍中、医療の混乱を起こしている一つ原因が、「中等症患者の増大」です。

 そもそも、中等症患者と命名して分類し、対策にあたっている国は、日本以外にあるのでしょうか

 混乱を招く「中等症患者」という分類は、果たして、必要なのでしょうか。

これだけ、オミクロン株患者が蔓延しているのですから、中等症患者という分類は無くして、重症者のみに集中する治療体制を取るべきではないのですか。

例えば、酸素投与が必要な患者は、自宅療養という手はないのでしょうか。重傷者対応は、呼吸器を設置しなければならない患者基礎疾患があって、死に至る可能性のある人、特に、高齢者に限るべきではないでしょうか。

日本医療界では、酸素投与の必要な肺がん患者には、機器を貸与して、多くの患者を自宅療養させているではありまませんか。

現在、日本医師会や政府専門委員会は人流抑制ばかり、推奨しておられます。しかし、これ以上人流抑制を無駄に続けるならば、外に出られず、刺激が少ないために、要介護に陥る高齢者が急増するのは、目に見えています。

また、屋内のマスク着用は必要ですが、幼児たちにも果たして、必要でしょうか

幼児たちは、友達同士の顔の表情によって、多くの事を学びます。このままでは、「現在の子供達の中に、人の表情から読み取る能力が低い子供がたくさん出るのでは」と、児童心理学の専門家たちしております。

日本医師会幹部を中心に、リーダーとして、「医療大国日本」に相応しい動きを見せてくださることを期待しております。

 なぜ「コロナ禍と言う有事」で、正念場を迎える日本で、この様なリーダーたちしか育たないのでしょうか。

私には、日本社会全体に責任があるように思えます。

即ち、「日本の社会は、失敗を許さない社会だからだ」と考えます。

ヴァーチャルリアリティの専門家、ランディ・パウシェ教は次の様に述べています。

「人間が経験を獲得するのは、欲しいと思ったものが得られなかった時に初めて得られるようになるのだ。」

これが正しいのであれば経験豊富なリーダーが生まれるためには、「失敗をしなければ良きリーダーは生まれて来ない」と言うことになります。

しかし、日本の社会は失敗を許さない社会です。失敗をしたリーダーに対して直ぐに辞任を押し付けようとします。特に、その悪の根源は、政権を狙ういくつかの野党政党顕著に見られます

汚職ですぐに辞任を迫るのは当然のことです。しかし、国民の為を思い、模索・試行錯誤する政府には、国民が、失敗を経験させる寛容さを持たなければ、日本に、永遠に良きリーダーは、輩出しません。

リーダーは経験を積まなければなりません。経験を積む為には、失敗をしなければならないのです

特に、「未曾有のコロナ禍」と言う「有事」の時に、この「有事」を利用して政権奪取など、野党政党は考えてはいけないのです。

コロナ禍の様な有事の時には、無暗に反対するのではなく、反対するのであれば、弱い立場の国民の側に立って代案を提案するべきなのです。

政治家は、「有事」の時に、自分たちの選挙に役立つ人為だけに動く事が、有ってはならないのです。

日本には、もう一つ「良きリーダーを生み出す」ことに、邪魔をしている集団があります。それは、「マスコミです。

オミクロン株の事を軽視してはいけません。「正しく恐れること」が大切なのです。しかし、それなのに、マスコミ報道の多くが、過度に国民を怖がらせて、視聴率を稼ごうとしています。

例えば、感染者の数です。どうして無症状者や軽症者の数を含んで国民を怖がらせる必要があるのでしょうか

 私達が、知って、どのように対処して行くか必要な数は、「死者数とそれに繋がる重傷者数」だけで良いではありませんか。

マスコミの報道の仕方は、無暗に、国民を恐れさせるだけです。どうして、そんなに、視聴率を稼ぐことに固執するのですか。この態度によって、日本のリーダーが大胆に政策実行することを躊躇させているのではありませんか

日本に素晴らしいリーダーが出現する為に、社会は変わらなければなりません

 与野党国会議員マスコミの方々には、反省して考え方を改めていただく必要があります。また、国民も、より寛容さを持つべきだと考えるのですが、国民の皆様はどうお考えになるでしょうか。