円安は悪くない。主悪の根源は、財務省に操られる総理大臣です。

     冬 が 近 く に   森 林 公 園   岡 山

 が強い時は、一時期、1ドル75円の時もありました。しかし、現在、1ドル150円の円安です。

 為替レートの急激な変化は、国民経済にとって、マイナスでしかありません

 特に、経営状態が脆弱な中小企業にとっては、最悪です。

 しかし、日本政府大企業円安に耐えられるだけでなく、プラス面が大きいのです。

 なぜならば、日本政府も大企業も、ドル債を、為替相場1ドル100円前後の時に、購入しています。

 例えば、日本政府は、円安150円によって、保有ドル債からの利益は、「28兆3000億円」だそうです。また、大企業のドル債からの法人税も「15兆円」が見込めると、元財務官僚、高橋氏は言っています。

 今、岸田首相率いる政府がやらねばならない事は、貧困に喘ぐ「国民」と、円安による困窮で、まさに倒産に追い込まれようとしている「中小企業・輸入業者を救済」することです。

この件について、岸田首相が答弁した言葉は、「円安メリットを活かし、海外展開を考えている企業を援助する」というものでした。

この様な海外展開ができるのは、限られた輸出業・大企業だけで、大多数の輸入を主とする企業にとっては、何の益もありません

 困窮に喘ぐ人たちが居なくて、国民に余裕があるのであれば、そのような政策が第一に語られるのは悪くありません。

 しかし、コロナ禍が続き、ウクライナ戦争により、物価高が世界で吹き荒れる有事の最中、さらに、円安に苦しむ国民が増えている時に、まず、援助策を立てなければならないのは、円安で困窮し、「青息吐息」の中小企業の為ではないでしょうか。

 岸田首相の政策は、「強気を助け、弱気を挫く政策」ではないでしょうか。

 元内閣参与、京都大学大学院教授の藤井氏は、次のように述べています。「円安による物価高で国民は圧迫されています。国民の圧迫感は、現在10%の消費税率が13%に上がったのと同じ圧迫感である。」と言うのです。

 さらに、「今こそ、消費税の凍結、もしくは、消費税率を下げての減税が、日本に大きな利益をもたらし、先送りになっている『国民所得の上昇』にも繋がる」と言及しています。

 これに関して、元大蔵・財務官僚、高橋氏は、円安効果による外貨債の売却による利益で、2年間は、消費税凍結できる財源ができる」とも断言しています。

 岸田首相は、「所得倍増計画」を掲げて、総理大臣になりました。

 ところが、総理大臣になると所得倍増計画」を「貯蓄から投資に全国民を向かわせる、資産倍増計画」にすり替えてしまいました。所得倍増計画」と「資産倍増計画」とは、言葉が似ていますが全くの別物です。

 「岸田首相は、国民をペテンにかけた」言われても仕方ありません

岸田首相は、名誉挽回しなければなりません。

 そんな折に、岸田首相が望んでいた「所得倍増計画」がドル高・円安によって、可能になったのです財源が確保出来たのです。

 ところが、国会に於いて、野党議員「消費税率の引き下げによる物価高対策」提案した際、

岸田首相は即座に、「消費税率引き下げ」を否定しました。

広く耳を貸す」と公言しているはずの岸田氏は、この事に理解を深めようとしません。

 なぜですか。なぜ、岸田首相は、財務省と同じ意見に固執するのでしょうか

元内閣参与、藤井氏は、「今こそ、消費税率を下げて、経済活性化を世界一効率良く出来るのは、日本である」と公言しています。

 総理大臣へ立候補する為に、国民にアピールしたのは、「所得倍増計画」であったはずです。

それであるのに、「物価高対策」だけでなく、所得増に繋がる「消費税率引き下げ」に何故耳を貸そうとしないのですか。

 これでは、岸田総理大臣は、庶民が苦しんでいる時に、埋蔵金を自分たちの為だけに貯め込む、『昔の悪代官』と変わりが無いのではないですか。

財務省は、「一旦、消費税率を下げると上げられない」うそぶきますが、「コロナ禍とウクライナ戦争による物価高が終わるまでの、期間限定的凍結」にすれば、何の問題もありません

経済が活発に成って行くにつれて、段階的に税率を戻して行けば良いだけです。

 どうか、財務省と岸田総理大臣に、「消費税率引き下げ」について再考をお願い申し上げます。

 

完全な防災よりも、出来る限りの減災を ?

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         加 茂 川 の 水 鳥   京 都

 

 私は、夢・幻を見ました。私は学生に戻っていて、大学で有名な教授の講義を受けているのです。講義は、「地球環境学というタイトルです。300人程度の受講生の講義ですが、講義の内容があまりにも、ショッキングなので、誰一人雑談する者もなく、真剣に受講しております。

「本日は、南海トラフ地震についての話です。地震の歴史から紐解きを試みた結果、まず、名古屋沖、続いて、東海沖、最後に、南海沖という3連動南海トラフ地震が、向こう20年の間に起こる確率は、100パーセントです。つまり、2030年から2040年までに、確実南海トラフ地震は起きると予測しなければならないということです。」

 教授はさらに講義けます。南海トラフ地震被害額は、建物の被害額だけでも、220兆円、この額は、日本の税収の3年分にあたります。すべての被害額を計算するならば、1400兆円以上の被害となります。

 地震のための防災必要ですが、現在、政府は、「コロナ禍・経済問題、特に円安・日本防衛力の強化・ウクライナ問題等」、至急対処しなければならない課題を抱えているのは事実です。

 地方自治体も、地球温暖化のために起きる災害、特に洪水対策に追われ、地震対策後回し等閑にされているのが現状です。完全な防災を望むのであれば政府・地方自治体の公助力必要ですが、それを望めない現在の情況では、私達国民は、自助力により、自分たちの被害を、出来る限り小さくする努力をするべきなのです。すなわち、「出来る限りの減災」日頃から心掛けなければならないのです。」

 私は、この講義で語られた事を真剣に耳を傾け厳粛に受け止めました。

  は続いて、場面は「防災ショップの中」に変わりました。

 私は、もはや学生ではなく、現在の自分、即ち、65歳の3人の子供の父親であり、3人の孫を持つ老人に戻っておりました。

 防災ショップ内で、私は、講義で語られた、「自助力による、出来る限りの減災を実行できる品物」を購入しております。

 まず、私が購入したものは「2週間分の水と非常食」です。

 マグニチュード「9」以上の地震が起きた場合、自衛隊救助隊が救援に来るには時間が掛かり、長い間到着しない可能性があるからです。

 次に購入したのは、2週間程使用可能「ポータブル発電機」「簡易トイレ」手回し発電で使えるラジオ懐中電灯物の下敷きになっている人を救出するためのシャベルや鋸の入った「工具セット」防寒のための「折り畳み式毛布」停電時のための「ランタン」、その他、万能ナイフ、マスクを含む救急用品筆記用具等は、水にも、火にも強いものを選び、持ち出せる物だけ非常持ち出し用リュックサックに入れました。

 家に帰っても、「神から、災害の予言を受けた旧約聖書のノアのように、災害のための防災準備に余念がありません

 まず、自室の上の方には、重たい物を置かない工夫をいたしました。また、家具が倒れないように、「接続器具」を使って、壁・天井に家具を接続いたしました。

 親しい大工さんに頼んで、自室のガラス製サッシに、ガラスが内部で散乱しないよう、透明フィルムってもらいました

 本棚からが散乱しないように、防災グッズを使って、工夫もいたしました。

 の場面は、私の自室に変わりました。時間は、明け方近くのようです。

 私はベッドに寝ています。とその時突然、大きな縦揺れに続いて、数十秒間、激しく横揺れが続きました。

 その、まず、私は自分の頭を守ろうとして、机等の下に入ろうとしましたが、あいにく、適切な家具ありません

 そこで、私は、手元にあった、大きめの分厚い雑誌を、手で自分の頭にえて頭を保護いたしました。

 そのおかげで、手に軽傷負ったものの頭と顔は無事でした。

 まず、非常用バックから、ラジオを取り出し、情報を入手いたします。

 ついに、南海トラフ地震現実となったようです。すでに、海岸近くの人々には、「津波に備えて、高台に避難をするように」と警報が出ています。

 2時間後何度も押し寄せる余震怯えながらも、私は、空が明るくなったのをに、非常用バッグから丈夫そうな「底圧スリッパ」を出して履き、バッグを背負い、外に出てみることにしました。

 に出てみると、辺りは、「瓦礫の山」していましたが、不思議火災はほとんど起きていません。

 神戸大震災からの経験が生かされたのでしょう。地震発生と同時に、多くの火の元栓は絞められたのではないでしょうか。

 真冬で、外は冷たい風が吹く、本当に寒い朝でした。私はたまらず、非常用バッグの中から、折り畳み式毛布と火を付ける為のライター・チャッカーを出しました。

 ラジオからの情報で、この付近のガス栓は、大元から遮断されていることを確認し、さらに、この付近にガス漏れは無いか臭いも確認してから、空き地真ん中に、瓦礫の中破損した木材利用して、焚火を炊くことにしました。

 毛布を肩から被りながら、焚火から暖を取り、しばし私は茫然自失の状態ました。

 ふと、我にかえると、まわりに、たくさんの人々も暖を求めて集まって来ていました。

 人々の顔には、涙はありませんが、私と同じく茫然自失の状態で、炎をただ見つめております。そこには、悲しみの深さが窺がえました

 その人々の中に、パジャマ姿の幼い男の子が、寒さ震えているのを見つけました。私は、その男の子に近づき、そっと、私の毛布男の子にかけてあげました。

 その幼い男の子は、私の孫同じくらいの年で、その幼い男の子姿は、私に「孫は大丈夫だろうか」という考えに、私をいてくれました。

 娘夫婦は、私の家の近くに住んでいましたので、とは、「もし、地震が起きたなら、避難場所指定されている小学校落ち合おうと、かねてから、約束していたのを思い出しました。

すぐに急いで、非常用リュックだけを背負い約束小学校向かいます

果たして、孫は、娘夫婦と一緒に小学校にいました。私達は、全てを失いましたが、孫と娘夫婦が無事でいてくれたことを神様に感謝しました。

 その時、一つの知らせが、小学校に届きました。「まだ、崩壊した家屋の下に生き埋めになっている人たちがいるけれど、救助隊の到着は間に合いそうもないので、救助を手伝ってくれるボランティアを募る」とのことでした。

 私は、即座にボランティアに参加し、学校にあったシャベルと鋸を持って、生存者がいるかもしれない現場に、走って向かいました。

 2時間ほど、救出作業に没頭している時でした。崩壊した家屋の下から微かな、弱々しい赤ちゃんの泣き声が聞こえるではありませんか。

 「おい、赤ちゃんだ。赤ちゃんが生きているぞ」とボランティアの一人が叫んでいます。

 私の目はもうでいっぱいで、前が何も見えませんでしたが、必死でシャベルを使い掘り進みます

 障害となっている大きな柱を鋸で砕いて行きます。

 遂に、赤ちゃんが救出されました。赤ちゃんは、偶然にも、瓦礫と瓦礫の隙間に居て、奇跡的に生存していたのです。

 私達ボランティアは、抱き合って、赤ちゃんの無事救出喜び合いました。

 地震発生後、初めての夜を迎えています。救援物資はまだ、届いていないので、自宅に戻り、備えていた水・食料を持参し、他の人たちと分かち合います。断水の中、簡易トイレを学校の然るべき位置に備え、共同で使うことにしました。

 また、電気が途絶えているので、ポータブル発電機を利用し、被災者全員の携帯電話充電使用しました。

 ランタンを使用することもできました。そのおかげで、書類を読むことや、作成することができました。

 筆記用具も役にたちましたが、特に役立ったのが先に蓄電装置が装着された油性のボールペンです。雨で濡れても、滲まず読むことができ、夜に電灯が無くても書けるからです。

 悪夢のような一日が終わろうとしています。

 多くの持ち物を失いましたが、不思議と私の心は、平静と安らぎ、そして、微かな光も差し込んでいるような感覚です。

 「出来る限りの減災」のお陰で、家族全員が無事だったこともありますが、何よりも、私の心の中に平和があるのは、「災害を受けた者たち同士が、分かち合い、助け合い、労り合うことができたこと」、それが、大きな要因のようです。

 神戸大震災、東日本大震災の時に、人々が示してくれたのと、同じように、「世界が驚異と感じる程の、日本人の素晴らしさ」を、私達も再び、示すことができたからです。

 大災害が起きた世界の都市では、治安が悪くなり、人々が理性を失い、強盗・強姦など、野獣と化すのが常識です。

 しかし、日本では、秩序が保たれ、人々は、お互い助け合っているのです。

 西洋社会の人々は、この事に感嘆しているのです。

 全世界の人々は、驚嘆と称賛日本人に与えているのです。

 私は、自分が日本人であることを誇りに思い、日本人の素晴らしさに対する誇りと感動で、涙が溢れて来ます。頬に流れた涙の冷たさで、私は夢・幻から目覚めました

 さて、現在、コロナ禍で、政府も自治体もその対策で懸命です。

 また、地球温暖化による大雨などの天変地異にも、備えなければなりません。しかし、巨大地震も、将来必ず起こる大災難です。

 政府・地方自治体が、コロナ禍の中、経済対策優先で予算等進めるのは、仕方がないにしても、地球温暖化による天変地異と巨大地震の災害は、優先順位をつけずに、対策を進めねばなりません。

 現在、東日本大震災の大きな余震も起き、地震の恐ろしさを、再認識した私達国民は、「自助力による減災対策」を進める必要があります。

 それと共に、コロナ禍中にあっても、地球温暖化による災害と同じ様に、「公助力による、出来る限りの防災対策」を求める世論を創り出す努力をしなければなりません。

 即ち、政府と太平洋側の各自治が、「緊急巨大地震対策本部」を速やかに機能させ、防災を進めるよう、私達国民は、声たかだかに訴えていかねばなりません。

これが本日のメッセージです。

 

 

原子力発電には断固反対いたします。

    サ ン セ ッ ト   日  没     岡  山

 

 地球温暖化に対処する為、また、ロシアのウクライナ侵攻により、エネルギー代金高騰の為原子力エネルギー見直されようとしています。しかし、敢て再度原発に対して反対し、警笛を鳴らします。

 日本政府は、エネルギー政策について、「脱炭素エネルギーを目指して、2050年までに、温室効果ガス、0%を目指す。」と公言しています。

 確かに、地球温暖化に対して、2050年まで、「地球温暖化が生み出す、あらゆる弊害対処しなければならない」のは事実です。

 しかし、京都大学地殻変動額学」専門家は、この先30年間は、地球温暖化に進む可能性高いが、百年、二百年単位で地球れば、氷河期に向かって、ゆっくりと寒冷化に向かう可能性が高い。」公言しています。

 寒冷化に向かう大きな要因は、「火山活動」とのことです。火山が大爆発すると、空中に火山灰舞い上げ、それによって、太陽光線が地球上に届く量甚だしく減少するため作物が取れなくなるほど、寒冷化が進むのです。

 日本火山が多いです。そんな国で、炭素エネルギー0%にすることは、危険な選択肢と私は考えます。

 2050年までに、温室効果ガスを出す炭素エネルギーを「0」にする為、太陽、地熱、風力、水などの、他のグリーンエネルギーだけでは、現在の電力を賄うことができないのは事実です

 現在、日本政府では、それを口実に、原発正当化する」という、目論見が浮上しております。

 私は、原発」には断固反対です。日本国民は、原発事故に見舞われた「福島の悲劇」忘れてはいけないのです。

 私達は、この悲しみを歴史に刻み、歴史から学ぶという姿勢を、絶対に失ってはいけないのです。

 2011年福島の原子力発電所で、メルトダウンという事故が起きました。地上で「メルトダウンが起きた場合、「広島・長崎の原爆の約400倍」の放射脳発生します。放射能汚染は億年単位続きます。

 広島、長崎とは違って、放射能除去装置が発明されない限り「半永久的に事故現場周辺では、生活する事すら出来ない」のが現状です

 日本の様に、地震津波起きやすい国で、どうして原発は安全だ」言い切れるのでしょうか

 原発の専門家は、東日本大震災の前は、「原発安全宣言」を出し、事故が起きれば、「想定外の事が起きた」弁解し、現在、また、地震の備えは出来た」「安全宣言」を出しています。自然界を見切って、支配している口ぶりです

 この傲慢さ東日本大震災」を招いた事を気付かず、専門家たちは懲りずにいます。

 自然の力は偉大であり、脅威です。人間の知力で、推し量れる範囲には限界があるはずです

原子力発電所の事故は起こりうるのです。専門家が言うような、原発の完全安全」など、あり得ないのです。

 さらに、原発は、平和憲法全方位外交のもと、どの国とも仲良くして行くという外交政策があったからこそ始めることが出来ました

 しかし、現在中国・韓国・ロシア・北朝鮮、それぞれに、「争いの原因」日本は持っています

 特に、土地所有が原因の争いは、バランス崩れた時に必ず戦争になる」というのは、歴史が証明しているところです。

 暴走するロシアの「南下政策」、習近平氏が指導する中国共産党の「清朝領土再興政策」は、差し迫った「日本の脅威」となっています。

 一旦争いが勃発すれば、テロ行為、ミサイル攻撃で、原子力発電所が、脅迫や攻撃目標にされるのは明白です。

 現に、ウクライナにあるヨーロッパ最大の原子力発電所は、ロシアがウクライナに侵攻に際して、原子力発電所を、ウクライナに対する脅迫と攻撃目標にしているではありませんか。

 原発周辺「ホットポイント」してしまえば、300万人が避難しなければならなかった「福島の悲劇」繰り返すことになるでしょう

 もう二度と「原発事故」を起こしてはならないのです。原子力エネルギー頼ってはならないのです。

 放射能除去装置AIによる機器等の発明により、原発事故」に100%対応できる対策が、完全確立しない限りグリーンエネルギーとして、原子力エネルギーを選択するべきではないのです。

 最近、「事故を起こしても、対処し易い、小規模の原発」が話題になっていますが、向こう30年、即ち、2050年までの実用化は、ほとんど不可能な様です。

 仮に実用化できても原発採用当時からの基本問題であった、核のゴミ高レベル放射性廃棄物の処理問題」について、日本も他の先進国諸国も、解決策は未だ発見できずにいるのです。

 人類は、「高レベル放射性廃棄物処理法生み出す前に原子力発電」を選択してしまったのです。

 人類原子力エネルギー」を選択してしまったのはゲーテの戯曲に出て来るファウスト博士の選択」同じ選択をしてしまいました。

 即ち、「ファウスト博士は、永遠の若さを手に入れるために、悪魔、メフィストに魂を売り渡してしまいます。人類無限のエネルギーを手にいれるために、地球を永遠に汚染してしまう悪魔の誘惑に負けてしまったのです。」

 今回の日本の「脱炭素エネルギー政策」の陰に、ファウスト博士の亡霊のような、原発の誘惑に負けてしまった学者たち企業見え隠れしています。

 原発」を忖度するような政策には、私達国民は「NO」と言わねばなりません

 私は、日本政府のエネルギー政策の見直しを切望いたします。

 では、どのようなエネルギー政策が、日本にとって、良いのでしょうか

 私の意見は、「上記で述べましたように、日本は、火山の大爆発等により、温暖化が寒冷化に激変する可能性のある国です。確かに2050年までの30年間は、地球温暖化による環境危機」備えるあらゆる努力必要です

 しかし、原子力エネルギーを使う事は、さら地球環境を悪化させることにしか繋がりません。

 しかも、百年、2百年単位で地球環境考えるなら「地球は、ゆっくりと、氷河期に向かい、寒冷化に進んで行きます。」

 さらに、日本では、2050年まででも、火山の大爆発により「日本は、寒冷化に変化してしまう可能性」さえあります。

 従って、温室効果ガスをゼロにするために、炭素エネルギーを「0」にするというのは、得策ではありません

 日本のエネルギー政策は、「水力・太陽光・風力・地熱等の安全エネルギー主軸に据え不足する電力は、発生した二酸化炭素を、外界に放出することなく再利用できる「炭素エネルギーの最新技術」を開発して行くのが、より良い選択です

 たとえ、日本が、脱炭素をして、温室効果ガスを0%できたとしても、大国、「中国」・「アメリカ合衆国どちらかが、「温室効果ガス0%実施する」のを中止すれば、日本の努力は、地球に何の良効果も与えることも出来ずに、無駄になります

 特に、暴走する中国共産党が、温室効果ガス0%」よりも、自国の利益だけの為「炭素エネルギーを復活させる可能性は非常に高い」と思われます。

 その場合、開発途上国も中国に習い、火力発電を主力していくでしょう。中国は、温室効果ガスを依然出す低次元の技術をプラント輸出さえするかもしれません。

 日本は、「炭素エネルギーが復活する未来の世界状況」見据えて「発生する二酸化炭素を、外界に出すことなく再利用できる技術」に取り組んで行くべきなのです。

 少なくとも、日本の技術力なら、「中国より、環境により優しい技術開発を完成させる」ことは、絶対に可能なはずです。

 この技術を世界にプラント輸出するならば、日本の為にも、世界環境にとっても、最も素晴らしいエネルギー政策となります。

 ロシアのウクライナ侵略の為、天然ガスが手に入りにくい現状ですが、人類の為、決して、足りない電力を原子力エネルギーで賄ってはならないのです。

 政治家の皆様ファウスト博士の亡霊のような、「原発を推進したい」という誘惑に負けた学者たちや企業に耳を貸してはいけません

 人類のために、日本の政治家の方々が、エネルギー問題について英断を下していただけることを切に望みます

 

 

 

アイデンティティ NO.2  若い教師の皆様へ

      希望の約束の象徴 「虹」

 

 私がどのように、在日韓国・朝鮮の生徒たち接して来たかを、ご紹介することで、若い教師の皆さんに役立てばっています。 

 日本はご承知のように、大和民族アイヌ民族・沖縄民族・中国民族・韓国・朝鮮民族等が国民として存在する多民族国家です。ただ、大和民族以外の少数民族の方々に、私達、大和民族と同じ権利が与えられているとは限らないのが、日本の現状です。

 在日韓国・朝鮮民族の方々は全国に居られ、関西では、特に、他の地域よりも多く居られます。

 担任をしていれば、必ずクラスで在日韓国・朝鮮民族の生徒たちに出会います。

 この生徒たちに、アイデンティティ」について相談に乗ることや、サポートすることは、担任の大切な仕事です。

 在日韓国・朝鮮民族アイデンティティは、2つの両極の間の何処かに位置することになると私は考えています。

 一つ目の極は、多民族国家、日本の一員として生きる。」というものです。

 しかし現在、日本は、少数民族の方々にとって、暮らしやすいとは絶対に言えない社会です。心ある大和民族の人協力して、「日本をさらに良い社会にしよう。」という生き方です。

 もう一方の極は、「自分たちのルーツである朝鮮半島が現在不幸な状態にあります。日本に居住し、半島の平和統一に重点を置きながら生きる。」というものです。

 私はいつも、在日の少数民族からの生徒たちに「私は大和民族の人間なので、日本人として一緒に理想の国家を築いて行ってほしい。」私の我が侭な願い伝えますしかし、それ以上の介入は厳禁です。

 なぜなら、生徒がどのようなアイデンティティを持つかは、家族の伝統・意見まえて、それらを熟慮して、本人自身が決定しなければならない事柄だからです。

 本人が自分の生き方を明かしてくれたり、悩みの相談を受けたりしたら、その時は、担任の出番です。励まし、サポートしてあげれば良いのです。

 若い先生方参考になればと思います。

 

 

 

 

 

心の拠り所、 アイデンティティとは? NO.1

 

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           濁流から蘇る加茂川 京 都

 

 

 学生時代、教育学部に居た時、私の師匠にあたる教授は、「帰国子女研究」の専門家でしたので、イデンティティ(Identity)という言葉は何度も耳にしていました。しかし、本当にその意味を初めて深く知ったのは、3回生の時、卒論の研究のために、イスラエルに滞在した時でした。

 私は、貧乏学生でお金がなかったので、キブツという集団農場に滞在していました。イスラエルでは、男女皆兵制による労働力不足のために、7時間労働しさえすれば、外国人でも、ボランティアとして、「衣食住」が無料配給されました。しかも、大きなピザとコカコーラか2回買うことができるほどの「お小遣い」も貰えました。

 キブツからエルサレムに在るヘブライ大学へ出て、「卒論のデータ集め」する日は、朝の4時から11時まで働き、キブツの食堂で昼食をとった後、大学の図書館に行くという生活です。

 そんなキブツの中に、佐藤さん(仮名)という日本人家族キブツの正規メンバーとして働いておられました。

 佐藤さん夫婦が私の面倒をよく見てくださったのです。当時、佐藤さん夫妻には、生まれたばかりの男の子と小学校に入学したばかりの大和君(仮名)、2人のお子様が居られました。大和君は、イスラエルの公立の小学校に通っていました。

 イスラエルユダヤ人の国ですから、ヘブライ語での授業ですが、どの学校も、世界のどの国にも劣らない、教育レベルの高い学校でした。

 しかし、ご存知のように、当時イスラエルは、周りを敵国に囲まれているので、団結しなければ、直ぐに滅んでしまう状態でした。

 その為、大和君の通う公立の小学校に於いても、ユダヤ人としてのアイデンティティ教育く、日本人である大和君をもユダヤ人に取り込むほどの強烈なものでした。

 その為、「大和君が日本人として育って欲しい」と願っておられた佐藤さん夫妻は、大和君の日本語の家庭教師役を私に頼まれました。

 少しでも、佐藤さん夫妻に恩返しができればと思い、日本語家庭教師をすることを引き受けたのですが、大和君に教えることは、困難を極めました

 大和君は、家庭に於いては、日本語を話すように両親から指導されていましたが、幼稚園・小学校に入る頃には、ヘブライ語が脳を支配する第一言語になっており、感情が高ぶった時などには、両親に対しても、ヘブライ語でしか、話そうとはしませんでした。

 大和君にとって小学校ヘブライ語の宿題だけでもたいへんなのに、夜8時から始まる私との日本語の勉強は苦痛でしかなかったはずです。

 当然、当初は、日本語の勉強が上手くできませんでした。

 私は「どうしたら、大和君の日本人としてのアイデンティティ築くことが出来るのか。」真剣に模索しました。

 私が出した結論は、「私が日本人の良さをキブツ全員の住民に示し、大和君に日本人の素晴らしさを間接的に悟らせること」でした。私は、大和君と一緒に居る時はできるだけ、「背伸び」をして、キブツの人たちに、日本人の誠実さ・時間厳守で素早く仕事を完璧に成し遂げる姿せて、キブツ の人たちから、大和君に、「日本人は素晴らしいね」と言わせる手段を取りました。

 この方策が功を奏しました大和君は私に、少しだけ敬の念を抱いてくれました

 「自分も日本人なのだから、日本語がかけるようになりたい。」と思ってくれるようになったのです。

 現在、大和君は、イスラエル日本との「素晴らしい友好の懸け橋」としての役割担い、活躍しておられます。

 日本は周りを海に囲まれて、あまりアイデンティティを意識する機会には、恵まれていません

 しかし、私はイスラエルでの生活によって、アイデンティティ」とは何なのか深く考える機会たようです。

 日本に帰国した後、教師になった私は、さらに、「帰国子女とアイデンティティ」に問題意識を持つようになりました。

 そしてさらに、クラスの生徒たちと生活を重ねるうちに、また、別の「アイデンティティ」の問題意識が、私の心に芽生えました。

 それは、在日韓国・朝鮮民族の生徒たちをどのようにサポートするのかという課題でした。この件につきましては、第2章でお話し、特に若い教師の皆さんに語りたいと願っています。

 

 

岸田首相は、歴代総理大臣の中でも最低ランクです。

         日 本 の 夕 暮 れ      岡  山

 岸田総理大臣は、遣唐使と呼ばれているそうです。政治圧力団体に「敵」を作らない為物事を決断しないで、先送りするために、「検討して参ります」と言う言葉を連発するからです。

 日本国は、現在コロナ禍の有事にあります。「有事」の場合、戦争禍、ウクライナのゼレンスキー大統領の様にリーダーは、即断・即決が必要不可欠です。

 日本も、「コロナウィルス、ケンタウロス株」感染拡大を受けて、岸田首相は、「決断の時」を迎えているにもかかわらず、即決は何もしないで、「検討して参ります」と決断を先送りにしています。

 岸田首相は、腐敗した日本政治の象徴のようなリーダーです。失敗を恐れて、何もしようとはしないで政治家なのです。「良い政治家」の条件は、「失敗を恐れない事」です。失敗をしなければ、成功に到達できないからです。

 しかし、日本の政治家のほとんどは、「自分の責任で失敗し、責任追及を受ける事」恐れて、何もしないのです選挙の結果だけを気にしている彼らは有力者・圧力団体の中に、敵を作りたくないからです。

 すなわち、政治家の本分である「国民の為に力の限り尽くす」という情熱が皆無であり、自分の地位保全の事しか眼中にないのです。

 政治家が決断しないので現在、日本では、ケンタウロス・コロナウィルスの為、医療逼迫を迎えようとしています。感染者の爆発的増加の為、「病床が足らなくなる」、或いは、「医療従事者の数が足らなくなる」と言う事が起きようとしているです。

 今、日本のリーダーがしなければならない事は、コロナウィルスを感染症に於いて、2類から5類に移行させる事」です。

 感染症5類に移行させるならば濃厚接触者の隔離が必要なくなり、医療従事者不足を防ぐことができます。病症も一般病床が使えるで、病床不足を解消できます。

 インフルエンザでも、高齢者は、弱った体のため、他の病気を併発し、重症になったり、死亡したりしています。しかし、コロナウイルスケンタウロス株の重症率・死亡率は、共に、今は、インフルエンザ以下です。しかも、感染症2類から5類に移行すれば、高齢者を見ることができる医療従事者が増えますから、死亡率はさらに減ります。

 では、何故、岸田首相は、2類から5類の移行を決断できないのでしょうか。それは、コロナ禍を利用して、税金を食い物にしている人たちが、政府への圧力団体として、暗躍しているからです。

 たとえば、PCR検査を利用して、お金儲けしている人たちがいます。

 私は、医療従事者で、コロナ禍の中、国民の為、ウィルスと闘っている人たちを尊敬しています。

しかし、PCR検査をすると、一人あたり、国から税金3000円が支払われるため医療機関の中には、500円の商品券を渡して、PCR検査者をかき集めて、お金儲けをしている医療機関存在すると言うのです。

 500円の商品券目当てに、3日に1度検査が受けられるので、何度も検査を受ける不心得者も居るそうです。

 岸田首相は、コロナ禍を金儲けの手段と考えている圧力団体の中に、敵を作りたくないから、感染症2類から5類に、コロナを移行させるのを躊躇しているのです。こんな首相は愚かとしか言いようがありません

 さらに、「岸田首相が愚かだ」判断するのは、日頃、「検討使」と揶揄されている人が、「阿部元総理大臣の国葬」は、即決した事です

 阿部元首相が、「国葬」に相応しいか、相応しくないかを、私は言及するつもりはありません。その様なことを議論することは、「死者に鞭打つことになる」からです。

 しかし、国葬を行うとなると、世界から、多くの要人たちと、要人のための夥しい数の関係者が、日本に迎えることになります

 日本は、コロナ禍でたいへんな最中彼らを安全に護衛し、宿泊させるには、「用意周到な警備」が必要になります。

 岸田首相は、後先の事を考えずに、「国葬」を発表したのではないでしょうか。

 しかも、日本の政治家、阿部氏すら、護衛出来ない現状で、日本政府は、どのように、テロから安全を確保できると言うのでしょうか

私は、疑問符を打たせていただきます

 私の目には、岸田首相は、国葬」を利用して政治家として、パフォーマンスを行い、世界に岸田首相の名を認知してもらおうとしているように見えます。

 いずれにしろ、コロナ禍の日本において、「国葬」を行うには、十分な計画が必要です阿部氏の時のように、招待状を送った要人にテロが起きてしまえば、「日本の恥」だけではすみません。

 岸田首相、日本にとって、コロナウィルスを2類から5類に移行させることは、国民にとって、必要不可欠の重要事項です。しかし、阿部氏の国葬は、必要不可な事項ではありません。

貴方は、そんな事に対して、大きなギャンブルをしてしまった事にお気づきでしょうか。

 

 

死の恐怖に捕りつかれたことはありませんか。死の恐怖に打ち勝つ方法

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           京都   鴨川になる直前の加茂川

 

 先日、阿部元内閣総理大臣非業の死を遂げました。彼が国葬に相応しいかどうか」を今議論することは、「死者に鞭打つこと」と私は考えます。

 ここは、黙って、阿部氏の来世への旅たちとご冥福をお祈りしようではありませんか

 本日は、「死」ということをテーマにしてみたいと思いのす。

 皆さんは「死の恐怖に捕りつかれたこと」はありませんか。私は、経験があり、その恐怖は、鮮烈に脳裏に残っております。

 私は幼い頃、祖母を胃癌で亡くしました死期近づいた時の祖母の顔は、私の知っている祖母ではなく、骨と皮だけに変わり果てた祖母でした。幼い私は祖母の顔が恐ろしくなり、近づくことさえできませんでした。

 祖母が亡くなり、お葬式の日、私は愚かにも火葬場まで付いて行きました

 当時の火葬場は、近代的ではなく棺を焼く時の釜の轟音が60年経った今でも、私の脳裏から離れません。

 私はその日から、「死の恐怖に憑りつかれた者」となりました。

 楽しいことをしていても、突然「死の恐怖」に駆られるのです。何処へ逃げても恐怖は付きまとうのです。

 私は精神的に異常をきたすほどになっていました。

 私の母は私の異変に気付き、私をキリスト教の教会につれていきました

キリスト教の教義にある「来世」の概念時の経過が、私を「死の恐怖」から救ってくれたようです。

 死の恐怖から逃れる方法はいくつかあると思いますが、「死」という出来事を色々な側面から研究する事役立つようです。

 まず、「自殺」について学んでおきましょう。

さて、「自殺」の概念が日本と西洋では全く違うという事を学びましょう。

 日本では切腹など自分の命を絶つことは、文化の一部として、敬意を払われるところがあります。しかし、西洋では、「自分で自分の命を絶つこと」は、「他人を殺すこと」と同じに扱われます 
 ですから、キリスト教の国自殺未遂すると、他の人を殺そうとする「殺人未遂」と同じ罪になり、警察に逮捕される国が 今でも存在します。

 理由は「自分の命も神が与えたものであり、自分のものではなく、他の人のために、世界のため、人の為、神のために使う命だからです。

 そんなキリスト教の教義の中で、一つだけ例外、「自分の命を犠牲にして良い場合」があります。

それは、「自分の命を犠牲にしなければ、他の人の命を救う方法が、他に無い場合のみ、自分の命を投げ出すこと」が許されます。

 キリスト教の教義では、これは「最も崇高な行為」として扱われ、「殉教」と呼ばれます。

 テロリストたちもよく「殉教」という言葉を口にします。しかし、テロリストの「殉教」キリスト教の「殉教」とでは天地雲泥の差があることを、心に留めてください。

 即ち、キリスト教では、「命を犠牲にして、他の人の命を救います。」

 しかし、テロリスト集団は「命を投げ出して、他の人の命を奪う」のです

 「天国」「地獄」なのです。

 この様に「死」に対して思考を深め、立ち向かうことは、「死の恐怖」に打ち勝つための一つの対処方法でもあります。

 

 私の独断ですが、大人と子供の境目は、死に対して何らかの解決策を持って生活しているのが大人で、死を考えないように、無知で逃げの姿勢で暮らしているのが子供だと思うのです。

 

対処法

 私のように、「神様・来世」を信じて死の恐怖に打ち勝つのも一つの方法ですが、神様がまだ苦手な方にご紹介したい人物が居ます。

徒然草」の著者、吉田兼好です。

 彼は、「人間の命は、短いから美しいのである。だから、短い一生をどのように使うかが大切である。短い故に、一日、一日を精一杯生きることが大切である。」と言うのです

 ある哲学者が、「人間は毎日自分の可能性を失って行く動物である。」と言っています。

そして、「毎日可能性を失って、ある人生の分岐点で、残された可能性から自分の進む道を選択しなければならない。」というのです。

 

 ならば、毎日努力をし、将来に、可能性を少しでも多く残そうではありませんか。

 若者の可能性は100%です。何でも出来ます。どんな職業にもつけるのです。若者の定義は、年ではありません。「心の持ち方・若さ」です。

 

最も効果的な対処法

最後に最も効果的な方法をご紹介します。それは、「恋をすることです。」

 年齢は関係ありません。「愛する人が出来れば、自分の命を掛けてでも、愛する人を守ろう、サポートしよう」という勇気が湧いてきます。

 

「愛は死よりも強し」です。だから、死の恐怖に打ち勝つことができるのです。

 因みに、クリスチャンが、自分を犠牲にしてまでも、友を救うという崇高なことができるのは、クリスチャンにとって、エスキリストは、「永遠の恋人」であり、自分も、愛するイエス・キリストの為に、死の恐怖に打ち勝つことが出来るのです。