コロナ禍の日本に於ける、リーダーの理想像 大阪府知事に学ぶ

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           紅葉の季節を迎える 賀茂川

 

   現在コロナ禍の火中にある日本は、医学的見地からの意見経済を動かそうとする見地と反する2つの意見の中で、難しい舵取りを、リーダーたちは、選択しなければなりません。

 まず政府・官僚たちの中で、好ましくないリーダーたちは保身のために、自分の地位保全だけを考え、責任が自分には来ないよう立ち回る政治家、官僚たちです。

 日本は長い間物質的に恵まれた「飽食時代」という温室の中居ることができました

 ですからどのような人がリーダーになっても舵取りは難しいものではなくずる賢く、自分に責任が来ないようにマニュアル通りにしか動かないで国民のため何もしなくても暗躍できたのです。

 マニュアル通りに動くだけで良いリーダーのように振る舞うことかできたのです。

 いや、むしろ「自分の地位保全のために、マニュアル通りにしか動かない人間だけ日本の上層部に生き残ってしまう社会」これが、今までの、日本社会だったのです。

 しかし現在、私たちは、コロナ禍の中で戦時中同じような苦難を経験している最中日本を支えなければならないリーダーの中に「責任のなすり合い」をして他人事のように、マニュアル通りにしか動かないリーダー誰なのか国民にも分かる「良い機会」得ているのです

 現在、日本の真のリーダーどうあるべきなのか真剣に問い国民自身が「どのようなリーダーを、私たちは選択すべきかを考える機会」得ているです

 まず政府から、見ていきましょう政府まずできることでしなければならないことは「お金の拠出」です。

 専門家の話によると「コロナ禍で苦しんでいる人たちを救うには、30兆円以上の予算が必要」とのことです。

 しかし、現在政府補正予算さえ使い切るのを躊躇い十分な計画をも立てられずにいるのではないでしょうか。

 コロナ禍が起こるまで多くの国民は、法律通り、税金を支障なく払っていたのです。その様な国民の中の今現在苦しんでいる人々を救わずして自分の地位保全しか考えないリーダーたちに任せるならば日本の社会は「弱い立場の国民だけを切り捨てしまう社会」になってしまいます。

 「コロナ禍が無ければ家族平穏に暮らせた人々のために今、お金を使わないで、いつ使うのですか!」と言動して、実行するリーダーを私は待ち望みます

 知事の中にも保身のため「政府と責任のなすり合い」をしている知事もいるかもしりません。

 しかし、実際地域で事情は様々なのですから、最前線で戦うのは、知事です。

 政府知事たちそれぞれが決断できるように「実弾であるお金」を拠出しなければなりません

 知事に求められる資質があります。私は2つのものが必要だと考えています。

 私の滞在していたイスラエルには、「ヤド ヴァシェム(諸国民の中の正義の人)」という賞

があります。受賞する時に渡されるメダルの裏側には、次のように書かれています「一人の人の命は、この地球よりも重たい。」

 この考え方がリーダーには必要なのです。

 2つ目「愛」です。知事にとっては、「自分が守らなければならない地域住民への限りない愛情」すなわち地域愛」が必要です。

 自分の地位保全第一に考える知事は、マニュアル通りにしか動けず、何もできません。

 それに対して「人命の重たさと地域愛」を心の中心に添える知事は、たとえ失敗をしても、これからの歴史が、その知事は正しかったことを証明してくれます。

 この意味で最も私の理想に近い「知事」は、阪府知事です。

 コロナ禍での方策には、「人の命の尊さと大阪に対する限りない地域愛」中心に存在します

 そして現在大阪府知事新しい決断をする立場に追い込まれています

 大阪府が今進もうとしている道は、正しいとは思いませんし、私は違う意見を持っています

 しかし、コロナ禍は未曾有の出来事です。大阪府知事が正しいのか、私の持論の方が正しいのか、何が正しいかは「神のみぞ知る事」です。

 大阪府知事の方針は、自分の保身のためでなく、すべて、府民に対する「人命の尊さと地域愛」から出た発想ですから、たとえ結果が失敗のように見えてその結果は未来の大阪府民の「宝」となり知事は、その経験によってより最善の方向へと、府民を導けることかできるのです。

 「最後の授業」で有名ランディー教授も、次のように述べています。「経験(成功へと導くもの)というものは、手に入れたいと思うものが、手に入らない時(失敗した時)に、初めて手に入るものなのです。」

 大阪府知事発令する方針は、「功を奏する」のか、「効果があまりない結果」に終わるのか分かりません。

 しかし大阪府知事の発想は、「人命の尊さと地域愛」から出ていますから、たとえ、失敗という結果になっても、長い目で見れば「大阪は、経験という宝を手に入れ、正しい道を歩んでいる」ということを、将来、「歴史」証明してくれるでしょう。


 結 論

 政府高官や官僚や知事の皆様、どうか、今までのように「保身のために、マニュアル通りにしか動かない」という姿勢を改めてください。

 大切なのは、何をするかではなくて、「命の尊さと国民への愛」に基づいて考え、行動することです。保身のために「失敗」を恐れてはいけません

 今はもはや日和見をしている猶予はありません失敗を恐れて、何もしなければ、取り返しのつかない所へ、日本国は追い込まれます。

 勇気を持って謙虚に自分が正しいと思う一歩を踏み出せば良いのです。

 ただ大切・不可欠なのは「忖度」ではなく「命の尊さと国民を愛する」という信念を心の奥底に据えることなのです。

 

 

 

 

 

 

日本人に似ていたアイルトン・セナに学ぶ

  

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              京 都 御 所
           

 

 あるアンケートで、「幸せになるということは、お金を手に入れ、物質的に恵まれることである。」という問いに「はい」と答えた人が70パーセントを超える国が3つ存在したそうです。「中国・ロシア、そして我が日本国」です。

   果たして物質的に恵まれることが、一番の幸せでしょうか。

 教師生活40年続けていて、生徒を教えている時に、私が一番気になった事は、「目の輝きを失っている生徒の数が多いこと」です。この疑問に対して私の解答は、「物質的に恵まれ過ぎて、何も自分で求める必要がないからだ」結論づけました。即ち「日本という恵まれた温室の環境に居て、夢すら持てない、持つ必要のない日本原因があると考えたのです。努力をしなくても物質であれば、殆どの物が手に入ってしまう日本の環境が、生徒受け身で、夢を持とうする気力すら起こさせないのではないか」という結論達しました。

 例えば開発途上国の子供たちは、物質に恵まれていませんが、反って夢を持てます「多くの自国民が飢えで苦しんでいる。だから自分がこの国を富める国にするのだ。」という持てます「多くの幼い子供たちの命が、感染病で亡くなっています。自分が医者になって、幼い命を救うのだ。」

 こんな動機にして、貧しい国々の子供たちは、学校で、目を輝かせて勉学励んでいます

 ところが日本の子供たちどうでしょうか。世界には、学校に行きたくても行けない子供数多く存在するのに、日本の子供たちの中には学校に行けるのに行かずに、自分の部屋「テレビ・ゲーム機・携帯・コンピューター等」で一日楽しく過ごす者います

 そんな毎日の娯楽楽しみは、長く続きません

 すぐに飽きて、「孤独」という心の病に、日本の多くの子供たち蝕まれているのです。

 日本の子供たちは、物質的に恵まれれば、恵まれるほど心の平和から遠ざかって行くのです。

 反対に貧しさという苦しみの中にあっても、お互い助け合い、励まし合う子供たちは、逆境にも拘らず「同胞の悲惨さを糺すべく、夢を実現させよう」学校で目を輝かせながら、勉学に勤しんでいます。

 少なくとも夢を持ちにくい日本の子供たちよりかは「生きる喜び」持っているように見えます

 子供に夢を持たせることのできない民族は滅びの道を辿ります。

 では「どのようにするべきなのでしょうか。」  

 私にも分かりません。私に言えることは、「現在の日本の子供たちは、決して平和で、健全な社会に暮らしているとは思えない。」ということです。

  ただ教師にはできることがあります。「世界の偉大な魂」子供たち紹介することで「子供たちに夢を持たせること」できます

 本日紹介する人物は、アイルトン・セナという人物です。

 彼はブラジル大富豪の家庭生まれましたが父親跡を継ぐこと拒否し、自分の力で、一流のレーシングドライバーになった人物です。
「偉大な魂」なる多くの人物は、貧しい環境に育ったり、苦労した人達です。

 なぜなら人間を美しく育ててくれるのは悲しみ・苦しみ・試練だからです。

 日本人のように、物質的に恵まれた家庭に生まれた人偉大な魂」になるのはラクダが針の穴を通る」のと同じくらい難しいことなのかもしれません。

 その意味では日本の子供たちと同じような境遇居ても、「偉大な魂」になったアイルトン・セナは、希少価値があり、日本人の私達参考できることがたくさんあると思うのです。

 セナは、 世界的なレーシングドライバーとして、「音速の貴公子」と評されるほど、若くして名声も富も得た人物です。

 普通人間は、人生成功してしまうと、自分の人生に満足し、そこで努力しなくなり、裕福な自分に甘んじて贅沢な生活入り堕落していきます。

 しかもセナ裕福であっただけでなく若くて、美貌にも恵まれていて彼が望むものがあれば、世間で手に入らないものは何もない状況でした

 にもかかわらずセナは物質的に恵まれた人生を選ばず、最後まで、レーシングドライバーとしての世界の頂点目指して、勤勉さ努力惜しまず続けました


「私の仕事には、現状維持というものはありません私の人生は、急な坂道に居る人間同じで、真っ逆さまに下に落ちるか上り続けるしかないのです。与えられた一瞬一瞬努力するしかないのです。

 このセナのレーシングドライバーとしての覚悟人生の偉大さと素晴らしさ物語っています。

 セナは残念ながら、レース事故命を失いましたが、「家族の裕福な家族の財産を頼らず自分自身の力だけで、人生で成功した姿」をブラジルの国民今でも忘れていませ

 特に、サッカーのペレ氏同様「自分も彼のように努力を惜しまず人生で成功するのだ。」と、セナ自分が亡き後もブラジルの子供たち夢を与え続け永遠のヒーローとなっています

 その意味でサッカーのペレ氏と同様にアイルトン・セナ職業プロフェッショナル中の「プロ」と言っても過言ではありません

  なぜならプロとは、素晴らしい技術を見せるのがプロではなく子供たちに「あのプロの人のようになりたい」夢を持たせて努力することの大切さを教えるのが「真のプロ」だからです。

 

 さてセナが活躍した時代日本人特に日本企業には、セナと同様に勤勉さ努力すること」の大切さ理解多くの日本企業戦士たちは、「努力を惜しまない勤勉さ」保持していました。

 しかし現代の日本・日本企業は、「勤勉さ」を失い努力すること美徳忘れをして、お金を儲けること奔走したり、誤魔化して儲けようとしたりするものも居ます。

 日本人は、努力することの大切さを忘れてしまったようです

 日本は現在クール・ジャパンと言われ、世界からチヤホヤされています

 しかしセナの時代に「世界から恐れられた日本人の、努力を惜しまない姿勢勤勉さ」を、日本人はより大切にすべきだというのが私の持論です。

 

 最後に 若い皆さんへ

 どうか、夢を持ってくださいあなた方の能力は、100パーセント無限です。

 確かに「飽食の時代日本では、物質的に恵まれ過ぎて、夢が持ちにくいかもしれません。しかし、日本を取り巻く情況少し違って来ています

 原発事故による半永久的な放射能汚染で、多くの日本人が故郷に帰れずにいます

 コロナウィルスなどの感染病、また、頻繁に起こる「自然災害による、津波・洪水・大雨・土砂災害」などによって、多くの同胞苦しんでいます

 日本はあなたの出番を待っています。

日本には、放射能除去装置」を発明する人物が必要です。

 またあらゆる感染病にそれぞれワクチンを開発する人物が必要です。 

 どんな津波来ても安全で強い地域計画を立案する人物が必要です。

 どれだけ豪雨になっても、洪水・土砂災害が起こらないような地域造りのリーダーが必要です。

 貴方さえ、その気になれば、「私利私欲だけでない、社会に役立つ夢を持つことができます。

 また、日本人の努力を惜しまない勤勉さを貴方が取り戻すなら、夢は実現します

 なぜなら、「あなた方の能力は100パーセント無限」だからです

          これが本日私が伝えたいメッセージです。

 

 

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アウシュヴィッツの聖者 コルベ神父

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               アンネのバラ

 

「人物紹介」
 コルベ神父日本の長崎にも滞在したこともある人です。ポーランド生まれのカトリックの司祭で、第2次世界大戦中母国ポーランドのあるヨーロッパで、その当時、勢力を伸ばしつつあったドイツ・ナチス「非人道的行為」に反抗し、人道的立場を貫くために、アウシュヴィッツユダヤ人捕虜収容所投獄された人物です。


「収容所の中での出来事」

  さて収容所には鉄の規律・掟」がありました。

 即ち「もし、同じ獄舎の囚人脱獄することがあるなら、囚人を10人選び出しその10人を餓死刑に処するというものでした。

 
  ある朝看守が見回ったところ一人の囚人が脱獄していることが分かりました

  直ぐに収容所の所長は、同じ獄舎の囚人を集め、「見せしめ」のために10人選び出し、「餓死刑」に処することを決めました。

 選び出された10人は、顔を青ざめさせ、中にはあぁ、私が死ねば、残された妻や幼い子供たちはどうなるのだろうかあぁ、死にたくない泣き崩れる男もいました。

 とその時突然他の囚人たちの集団の後ろの方から「私がその人の代わりに、刑をうけましょう」叫ぶ人物がいました。この人こそマキシミリアン・コルベ神父です。

 

「伝えたいこと」
 私は、コルベ神父の考えると、必ず「挑戦」をうけます。挑戦受けるとは「もし、私かコルベ神父の立場に居るならどのようにするか」ということです。

 私はコルベ神父のことを真底尊敬しています。

 しかし、彼が「他人の命を救うために自分の命を捨てた」から尊敬するわけではありません

 なぜなら「友のために命を投げだす」というのは、聖書の教えであり、その教えの基殉教していったクリスチャンは星の数ほど居ます。

 崇高な行為ですが、それだけでは、「石のような冷たい心」しか持たない私感動させるに至りません。


 ではどこに感銘をうけるのでしょうか。2つあります。
 一つ目は、アウシュヴィッツという捕虜収容所の恐ろしい環境」です。極限状態の飢えと寒さ寝床言えば板にを引いた一人用ベッド何人も寝せる。人が人間として扱われず、家畜のように生活させられる場所です。
 「貧すれば鈍する」というものがあります。人間は死と背中合わせ極限状態に置かれると、「自分のことしか考えなくなるもの」です。

 そんな、環境にあっても、「クリスチャンとして、成すべきことがまだできる」というコルベ神父の信念は、私には考えられないことです。

 2つ目「餓死刑」という刑の恐ろしさにあります。人間は食べずにいても、ある程度「飢え」は我慢できる動物です。しかし、「渇き」については、人間は我慢できないのです。

 人間は水が与えられないと血管が枯れてくるそうです。血管枯れ体が火照る痛みは、耐えられずに、死ぬ前人間を半狂乱にしてしまう」と言われています。

 現にこの刑がアウシュヴィッツで執行されると、「受刑者の居る地下牢からは、野獣のような、苦しみの叫びが、夜中絶えなかった。」記録に残っています。

 このような中にあってもコルベ神父は、他の受刑者を励まし、死んでいく者のために、「とりなしの祈り」を施しました。

 最後は、生き残ったのはコルベ神父ただ独りになったところで、収容所の所長も根負けして、「早く死なせてやれ」ということで「死の注射」を受け、コルベ神父は亡くなりました。

 それでも「彼の顔は、空のある一点を見つめ、光り輝いていた。」といことが、後にナチス死体処理班の者の証言明らかになっています。

  

「学んでほしいこと」

 皆さんはコルベ神父のお話知って「ドイツ人・ナチスの人たちなんと残酷なのか」と思うかもしれません。

 しかし、ここで学んで欲しいことがあります。

それは、ドイツ・ナチスの兵士たちも「私達日本人と何ら変わらない普通の人たち」なのです。

 アウシュヴィッツの兵士たちは、戦争中であっても、日曜日に訪問して来る家族には「良き夫であり、優しい父親」でした。

 また毎週「クラシックの音楽会」将校たち開催していたそうです。

 私達と変わらない普通の人が、ただ戦争と言う名のもとに理性をかなぐり捨て悪魔のような存在になったのだということを学んで欲しいのです。

 しかし一方でマキシミリアン・コルベ神父のように神に似た崇高な人間にも、私達は成れるのです。

 では同じ人間なのにどうして両者の間に違いが出たのでしょう

 それは、「心の内面の問題です。良心の持ち方です。」
 では、私たちはどうすればよいのでしょうか?

 

 お願い

 毎日20秒で良いです目をつぶって自分の心の中のぞき込み「自分の生き方これ正しいのか。自答してください。

 そうするならこの毎日の黙想は、日々、皆さんを精神的に強め、将来、皆さんの宝となるでしょう。

 

 

国際人としてのマザーテレサに学ぶこと

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    アンネのバラ 嵯峨野教会 京都

 

人物紹介 

20世紀に現れた「偉大な魂」の一人である。

 マザーテレサは、宗教の争い、民族の争いの絶えないコソボで生まれる。幼い頃から、民族・文化の違いが生み出す、「宗教戦争・民族紛争」の悲惨さを見聞していた。

 アイルランドシスターとして修養した後、インドに渡り修道院付属の学校校長の任に就く。

 その後、インドの惨状を見かねたテレサは、良心の自由に従って、ローマ法王の許可を得た後、修道院を出る。インドの街に於いて、「貧しい人々のために奉仕活動」に献身した。自分の教え子たちの協力を得たマザーテレサは、「死を待つ人々の家」を開き、道端で死にゆく人達を保護し、他界していく「貧しい人々」人権を守り、その見送った

 マザーテレサは、自分のために使う時間を惜しみなく、「貧しい人たち」のために使い児童養護施設を開設し、「親から捨てられた子供たちの面倒を見るだけでなく、子供たちたちに生まれてきたことの意義・喜びと使命感を与える。

 さらに、「その当時、社会から村八分にされていたハンセン氏病患者たちの養護と就労に奔走する。」

 マザーテレサの惜しみない「貧しい人々のためへの献身の姿」は、世界に感動を与え、その功績に、世界はノーベル平和賞」をマザーテレサに授与した。

 

マザーテレサの成功の秘訣

 マザーテレサは幼いころから、「文化・宗教の違いが生み出す残酷な争い・戦争」を見聞していたので、文化の誇りと誇りが衝突する「悲しさ」宗教の教義と教義がぶつかり合う「残酷さ」を身に染みて熟知していた女性です。

 それ故に自然と「国際社会」何が大切か本能的嗅ぎ分ける能力が備わっていたのだと考えられます。

 国際人と呼ばれる人は、自分の文化を熟知し、相手の文化についても充分理解していなければなりません。 

 しかも文化に優劣をつけてはいけないということを理解していなければなりません。

 マザーテレサは、自分の故郷の悲惨な状態を通して、国際人としての素養自然と身につけていたのだということです。

 

「文化に優劣をつけない」とは?

 国際人の素養とは、自分のしっかりとしたアイデンティティ(Identity)内面しかも、その自分のアイデンティティという「自分の城」相手の文化・習慣を尊重して受け入れる器量を持つということです。

 このことのできない、不器用な国があります。先進国でありながら、「白人至上主義」のために、自国の文化がNO.1・ナンバーワンと考えている国々です。

 例えば、この範疇にあるAというが、戦火にあるアフガニスタン学校を寄付したとします。

 A国の民主主義の文化では、「男女共学」が常識であり、自分たちの文化では、男女平等の理念から正しいことなのです。

 しかし、これは、イスラム教徒の多いアフガニスタンの人たちにとっては、「自国の文化に土足で踏みにじられた」という感情をたきつけることにしかならないのです。

 これは、プライドだけの問題だけではありません。例えば男女共学の学校無理やり参加させられた、イスラム教女子生徒の中には男子生徒からの好奇な目見られるだけで私たち日本人の女子生徒が、男子生徒から暴力を受けた時と同じくらいの衝撃」受けて精神的に傷つく生徒も存在するということに気付いて欲しいのです。

 ですから、Aという国その土地の人々に憎しみと怒りしか与えることしかできず、お金をどれだけ出して援助しても国際社会では成功しないのです。

 

 「文化に優劣をつけない」ということの難しさ

 このような失敗を重ねてしまう「白人至上主義の国々」の人は、第一に相手の文化を理解するということに努力不足なのです。

 と同時に、自分たちの文化がナンバーワンだという自負・傲慢が、「相手のことを思いやるという想像力」を不足させているのです。

 「文化に優劣をつけない」というのは、私たち日本人にとっても難しいことです。

 なぜなら、時には、「先進国の真理である人権の問題と相手の持つ文化が衝突することがあるからです

 

国際人として、どのように行動すべなの?

 相手の文化と私たちの社会で言う人権侵害とが衝突する時があります。

 たとえば「インドのカースト制度」・「イスラム諸国の男尊女卑」などがその範疇です。

 このような場合、どのように私たちは国際人として、行動すべきなのでしょうか。「人権侵害はどのような場合も許してはいけない」という考え方もあるかもしれません。

 しかし国際人は、もう少し違う視点からこの問題に対処すべきだと私は思います。

 それは、「どれだけ人権にかかわる事柄であっても、そこには、相手の文化の伝統長い歴史があり、よそ者が、白黒の判断を早計に下すべきでない。」という視点です。

では、「どのように行動すべきか。」

 その秘訣が、マザーテレサの行動」にあります。

 彼女キリスト教で、しっかりしたアイデンティテの城・心の拠り所自分の内面に持っていました

  そして、どれだけ自分のアイデンティティの中では譲れない正義存在していたとしても相手の文化・宗教を尊重して、自分のアイデンティティの城中に招く器量マザーテレサにはありました。

 ですから、彼女は「死を待つ人々の家」において、臨床にあるイスラム教徒に、コーランを読んで聞かせヒンズー教には「ガンジス河の聖なる水」を灌いで死者を葬りました

 

ここにマザーテレサが国際社会で成功した秘訣があります。

 優秀な皆さんは将来海外で働くことになるでしょう。さもなければ、日本の将来は存在しません

 これからの国際社会では皆さんもそれぞれが日本大使と同じ役割を果たさなければなりません

 そんな皆さんが国際社会に於いてどのように行動するのか進むのか、迷った時ぜひ、マザーテレサのことを思い出してください。

 

最後に私が心の糧としているマザーの言葉紹介して終わりにします。

「世界には、7億以上の子供たちが飢え・病・戦争によって、死の危機にあります。その事実から目を逸らそうとする人こそが、愛から最も遠い存在なのです。愛の反対は無関心なのです。」

 

 

 

 

 

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国際人としての中村哲氏に学ぶこと

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  神との約束 「虹」 珍しい二重の虹 

         京都植物園あたりの加茂川

 

 中村哲は、1984より、アフガニスタンパキスタンの人々に、ペシャワールに於いて医療活動に従事して来た人物です。

 彼の医療活動に於いて 一番彼を悩ませたのは、イスラム教徒との習慣・文化の違いでした。

 特にイスラム教徒の女性を診察する時に、困難を極めました。

 ペシャワール会の活動が大きくなってからは、日本から女性看護師派遣し、イスラム教徒の女性患者を診断できましたが、それまでは、イスラム教徒の女性見る時には、本当にたいへんでした。

 イスラム教徒の女性は、夫と父親以外の男性には、肌を見せることができないからです。

 白人至上主義の西洋からの医者ならば自分たちの文化が絶対で一番正しいと思っていますから、イスラムの女性見る時にも、「命に関わること」と一括し、白人の女性を診断するのと同じ方法しか行わないでしょう。

 「白人至上主義」の考え方が、「他の民族の人たちの感情を想像することの大切さ」を理解することを妨げてしまっているのようです。

 イスラム教徒の女性にとって、肌を家族以外の男性に曝すことは、日本人の女性にとって、「性的暴力」受けたのと同じくらい、「精神的打撃を与える」ということが、白人至上主義の国々の人々には理解できないのです。

 

 イスラム社会で医者として、貢献することになった中村哲は、そんな白人至上主義の医師とはまるで違っていました

 哲氏は、イスラムの女性を診断する時は、必ず、カーテンを通して、患者と接し、その夫、もしくは、父親を介して診察を行いました。

 中村哲は、「日本人であり、クリスチャンであるという土台しっかりしたアイデンティティの城」自分の心の内に打ち立てていました

 と同時に「文化に優劣をつけないで、相手の習慣・宗教を尊重し、自分のアイデンティティの城内に受け入れるだけの器量」がありました。

 ここに、中村哲氏が「国際人」として、アフガニスタンで活躍できた秘訣があります。

 哲氏は、海外赴任した時に、「お互い違うんだ」というところから出発し、相手の文化を尊重し、しかも、自分の心の中の城を失うことなく、相手の習慣・宗教を自分の心の城に迎え入れ、尊重することができたのです。

 さらに哲氏の素晴らしい所は、「違いからの出発」から、「自由・平等・愛・平和・友情」など考え方に少しの違いがあるとしてもどの民族も憧れる普遍的価値について、現地の人々と語り合い、尊敬の念までも勝ち取ることができたです。

 昨年、残念で悲しいことですが、中村哲は、アフガニスタンの地で暗殺されました。アフガニスタンの復興と国が豊かになること」を目指していた哲氏を、アフガニスタンの復興を望まないどこかの集団、もしくは、どこかの国が暗殺してしまったのです。

 「本当に偉大な人」は、全員から好かれ、尊敬されるということは絶対にありません

「本当に偉大な人」は、賛同者からは、「命を投げ打っても良い」と思われるほど崇拝され、敵対者からは、殺したいと思われるほど敵視される人のことなのです

 この意味で中村哲氏は、20世紀が生んだ最後の「偉大な魂」の一人だと考えられます。

 

 これから海外に赴任して国際人として活躍しようとしている、また、したいと願っている人たちは、中村哲からのこを学べる確信しています。

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「新島襄という人物」 早稲田・慶応ファンは読まないでください。

                                            

 

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         相国寺総門から見た同志社大学今出川キャンパス

 

新島襄」とはどんな人物?

 新島襄明治の初めころに於いては「日本で英語に一番精通した人物でした。幕末から明治時代の当初、他にも英語の話せる人はたくさんいましたが、その人たちは「漂流」などでアメリカの地にたどり着き英語を学びました。
 
しかし、新島襄そのようなレベルではありません「国禁を冒してまでもアメリカに渡りアメリカの大学院まで卒業して帰国した人物なのです。
 従って、英語力のレベルは他の日本人と比較して「桁外れ」の実力の持ち主でした。
 
当然日本の中央政府新島襄という人材を欲しがりました。現に中央政府から勝海舟が京都に来て、政府で働けば立伸出世は思いのままと強く新島襄に、中央政府で働くことを勧めましたが、

 新島襄「強く固辞」し続けました

 その姿を見た勝海舟は、新島襄評してなんと私利私欲の無い人物か」とさらに彼のことを好きになったほどです。

 ではなぜ新島襄東京へ行けば「立身出世は思いのまま」なのに、それを固辞したのでしょうか。 

結論から言いますと、「彼は立身出世の官僚の道よりも、教育者として生き、しかも、政府が求める人材とは異なる人材を輩出する」という大志心の内に秘めていたからです。

 
 さて同志社大学が設立された同じころ、慶応義塾大学」早稲田大学東京に設立されました。

 京都大学が「学問の大学」に対して、東京大学慶応義塾大学・早稲田大学「西洋に追いつけ、追い越せ」という政府の目標に、政府に「人材を輩出する」ために、主に設立された大です。
 しかし、政府が目標にした西洋、すなわちイギリス・フランスなどは

「世界各地で植民地をつくり、弱い人々を虐げ、挙句の果てには、アヘンを使って暴利を貪る国々」でした。
 

 新島襄「イギリス・フランスのような国」に日本がなることを望まなかったのです。

 彼は「良きアメリカ時代」「自分の利益よりも貧しい人々のために貢献する」という現在のグローバルの時代でも通用する人材を育てたい」と願ったのです。

 そのためには、「政府からの干渉・圧力」の届かない地で大学を創設する必要がありました。

 彼の「育てたい人物像」とは、キリスト教に基づく良心に充満した人間でした。
 

 このことを理解して頂くために、ある一人の人物を紹介したいと思います。その人の名キュリー夫人です。彼女はフランス人で、夫ピエールとともに、ウラン鉱からラジウムを取り出す ことに成功し、その功績でノーベル物理学賞受賞フランスで最初の女性大学教授になった人物です。

 さて彼女の発見は、病気の治療に役立つので、アメリカをはじめ多くの国々、企業が欲しがる技術でした。もし、特許を取るなら、「巨万の富」がキュリー夫妻に転がり込むはずでした。

  ところが夫妻は特許を取らず「一生貧しいままでいる」ことを選択しました。

 ではなぜ、特許をとらなかったのでしょうか

 キュリー夫人は次のように述べています。

 「科学者の使命は世界の人々の幸福と平和に貢献することです。もし、私達が特許を取って、貧しい国々の人々が、自分たちの発見した治療法を使えば命が助かるのに、特許料を払えないために死んでいくとしたら、それは科学者として、許されないことです。科学者魂に反することなのです。」

 「科学者魂に反する」断言しました。

 もし、私がキュリー夫人の立場にいるなら、「さらに世界のために貢献するためには、良い研究室が必要だ」と何か理由をつけ、特許を取得し、巨万の富を得たと思います

 多くの日本の科学者たちが特許を取るために、金持ちになるため研究を続けている現状からするなら、彼女の行為「崇高な行為」と言えます。

 ではなぜ、キュリー夫人はそのような崇高な行為ができたのでしょうか。 

 それは、キュリー夫人が「敬虔なクリスチャン」だからです。キリスト教には、「自分を捨てて、人のために尽くす」という美徳があり、人を崇高にしてしまう「不思議な力」があるからです

 

 この「不思議な力」に、教育者として、日本で初めて着目したのが新島襄でした。

 彼は、政府の干渉されにくい京都グローバルの視野を持った、自分の利益よりも、弱い立場の人々のために貢献できる人物を育てる」ために同志社大学を創設したのです。
 同志社大学は、東京に位置していなかったため確かに、慶応義塾大学や早稲田大学のように、政府に人材を送ったり、歴史上に名を馳せる人物は数多くは輩出していません。また、両大学に比べて、新島襄の大学は標準偏差値や知名度もはるかに劣ります。

 しかし、だからこそ新島襄と同じ志を持つやから(社)キリスト教道徳によって企業の良心になる人物を、同志社は、日本の企業輩出できたのです。
 

慶応義塾大学の福沢諭吉早稲田大学大隈重信は、「歴史上名を冠した人物」であったかもしれません

 しかし教育者として、新島襄はこの両氏よりも、「レベルの違う、次元の違う「現在のグローバル時代でも通用する教育者」であったと言わねばならないと思うのです。

 

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死の恐怖に捕りつかれたことはありませんか。死の恐怖に打ち勝つ方法

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           京都   鴨川になる直前の加茂川

 

 皆さん「死の恐怖に捕りつかれたこと」はありませんか。経験があり、鮮烈に脳裏に残っております

 私は幼い頃祖母胃がん」で亡くしました死期が近づいた時の祖母の顔は、私の知っている祖母ではなく、骨と皮だけに変わり果てた祖母でした幼い私祖母の顔恐ろしくなり、近づくことさえできませんでした

 祖母が亡くなり、お葬式の日、私は愚かにも火葬場まで付いて行きました

 当時の火葬場は、近代的ではなくを焼く時の釜の轟音60年経った今でも、私の脳裏から離れません。

私はその日から、「死の恐怖」に付きまとわれる者となりました。

 楽しいことをしていても突然「死の恐怖」に駆られるのです。何処へ逃げても恐怖は付きまとうのです。

 私は精神的に異常をきたすほどになっていました。

 私の母は私の異変に気付き、私をキリスト教の教会につれていきました。

キリスト教の教義にある「来世」の概念と時の経過私を「死の恐怖」から救ってくれたようです

 死の恐怖から逃れる方法いくつかあると思いますが、まず「死」ということを色々な側面から研究することが役に立つようです。

まず、学んでおくことは、自殺の概念が日本と西洋では全く違うということを学びましょう

 日本では切腹など自分の命を絶つことは、文化の一部として、敬意払われるところがありますが、西洋では、「自分で自分の命を絶つ」ことは、「他人を殺すこと」と同じに扱われます。

 
 ですからキリスト教の国自殺未遂すると、他の人を殺そうとする「殺人未遂」と同じ罪になり、警察に逮捕される国今でも存在します。

 理由は、自分の命も神が与えたものであり、自分のものではなく他の人のために神のために使う命だからです。

 そんなキリスト教の教義の中で、一つだけ例外「自分の命を犠牲にして良い場合」があります。

それは、「自分の命を犠牲にしなければ、他の人の命を救う方法が他にない場合のみ」、自分の命を投げ出すことが許されます。

 キリスト教の教義では、これは最も崇高な行為として扱われ、「殉教」と呼ばれます。

 テロリストたちもよく「殉教」という言葉を口にします。しかし、テロリストの「殉教」キリスト教の「殉教」とでは天地雲泥の差があることを、心に留めてください。

 即ちキリスト教では、「命を犠牲にして、他の人の命を救います。」

 しかし、テロリスト集団「命を投げ出して、他の人の命奪う」のです。

 天国と地獄の違いなのです。

 この様に「死」に対して思考を深め立ち向かうことは「死の恐怖」に打ち勝つため一つ対処方法でもあります。

 

 私の独断ですが、大人と子供の境目は、死に対して何らかの解決策を持って生活しているのが大人で、死を考えないように、無知で逃げの姿勢で暮らしているのが子供だと思うのです。

 

対処法

 私のように、「神様・来世」を信じて死の恐怖に打ち勝つのも一つの方法ですが神様がまだ苦手な方にご紹介したい人物が居ます。

徒然草の著者、吉田兼好です。

 彼は人間の命は、短いから美しいのである。だから、短い一生をどのように使うかが大切である。短い故に、一日、一日を精一杯生きることが大切である。」と言うのです

 ある哲学者が、「人間は毎日自分の可能性を失って行く動物である。」と言っています。

そして、「毎日可能性を失って、ある人生の分岐点で、残された可能性から自分の進む道を選択しなければならない。というのです。

 

 ならば毎日努力をし、将来可能性を少しでも多く残そうではありませんか。

若い人たちの可能性は100%です。何でも出来ますどんな職業にもつけるのです。

 

最も効果的な対処法

最後に最も効果的な方法ご紹介します。それは「恋をすることです。」

 年齢は関係ありません。愛する人が出来れば、自分の命を掛けてでも、愛する人を守ろう、サポートしよう」という勇気湧いてきます。

 

「愛は死よりも強し」です。だから、死の恐怖打ち勝つことができるのです。

クリスチャン自分を犠牲にしてまでも、友を救うという崇高なことできるのは、エスキリストという「恋人」居るからこそ死の恐怖に打ち勝つことが出来るのです。