神との約束 「虹」 珍しい二重の虹
京都植物園あたりの加茂川
中村哲氏は、1984年より、アフガニスタンとパキスタンの人々に、ペシャワールに於いて医療活動に従事して来た人物です。
彼の医療活動に於いて 一番彼を悩ませたのは、イスラム教徒との習慣・文化の違いでした。
特に、イスラム教徒の女性を診察する時に、困難を極めました。
ペシャワール会の活動が大きくなってからは、日本から女性看護師を派遣し、イスラム教徒の女性患者を診断できましたが、それまでは、イスラム教徒の女性を見る時には、本当にたいへんでした。
イスラム教徒の女性は、夫と父親以外の男性には、肌を見せることができないからです。
白人至上主義の西洋からの医者ならば、自分たちの文化が絶対で一番正しいと思っていますから、イスラムの女性を見る時にも、「命に関わること」と一括し、白人の女性を診断するのと同じ方法しか行わないでしょう。
「白人至上主義」の考え方が、「他の民族の人たちの感情を想像することの大切さ」を理解することを妨げてしまっているのようです。
イスラム教徒の女性にとって、肌を家族以外の男性に曝すことは、日本人の女性にとって、「性的暴力」受けたのと同じくらい、「精神的打撃を与える」ということが、白人至上主義の国々の人々には理解できないのです。
イスラム社会で医者として、貢献することになった中村哲氏は、そんな白人至上主義の医師とはまるで違っていました。
哲氏は、イスラムの女性を診断する時は、必ず、カーテンを通して、患者と接し、その夫、もしくは、父親を介して診察を行いました。
中村哲氏は、「日本人であり、クリスチャンであるという土台のしっかりしたアイデンティティの城」を自分の心の内に打ち立てていました。
と同時に、「文化に優劣をつけないで、相手の習慣・宗教を尊重し、自分のアイデンティティの城内に受け入れるだけの器量」がありました。
ここに、中村哲氏が「国際人」として、アフガニスタンで活躍できた秘訣があります。
哲氏は、海外赴任した時に、「お互い違うんだ」というところから出発し、相手の文化を尊重し、しかも、自分の心の中の城を失うことなく、相手の習慣・宗教を自分の心の城に迎え入れ、尊重することができたのです。
さらに、哲氏の素晴らしい所は、「違いからの出発」から、「自由・平等・愛・平和・友情」など、考え方に少しの違いがあるとしても、どの民族も憧れる普遍的価値について、現地の人々と語り合い、尊敬の念までも勝ち取ることができた所です。
昨年、残念で悲しいことですが、中村哲氏は、アフガニスタンの地で暗殺されました。「アフガニスタンの復興と国が豊かになること」を目指していた哲氏を、アフガニスタンの復興を望まないどこかの集団、もしくは、どこかの国が暗殺してしまったのです。
「本当に偉大な人」は、全員から好かれ、尊敬されるということは絶対にありません。
「本当に偉大な人」は、賛同者からは、「命を投げ打っても良い」と思われるほど崇拝され、敵対者からは、殺したいと思われるほど敵視される人のことなのです。
この意味で、中村哲氏は、20世紀が生んだ最後の「偉大な魂」の一人だと考えられます。
これから、海外に赴任して国際人として活躍しようとしている人、また、したいと願っている人たちは、中村哲氏から多くのことを学べると確信しています。
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