明治時代からの日本英語教育は世界に誇れる素晴らしいシステムです。 N0.2

 

      ア ン ネ の バ ラ  京 都     2022年

          

 

   2011年3月11日東日本大震災により、日本全国悲しみに包まれる中一番悲しんで然るべき東北の人々は、逆に全国の日本人に勇気を与え、「日本人は恐るべし」思わせるほど驚きと感動世界の人々に与えることとなりました。

   通常「人間は死という極限状態に追い込まれると、自分のことしか考えなくなるもの」です。

 従って世界では、大震災のような惨禍の中では、人々動物化し、略奪・強姦などが起き、治安が悪くなるのが常識です。 

 しかし、東北の人々は、震災の中でも、お互いを励まし、助け合いました。これは、全世界の人々にとって、驚異を感じるほどの出来事で、我々日本人にとって東北の人々は誇りであり、日本の教育が世界最先端であることをも、東北の人々証明してくれているのです

  教育の最終目標は、「たとえ、死という極限に追い込まれたとしても、人間の尊厳を最後まで失わずに居る」ということだと私は思います

 これを、実際に、実行出来た東北の人々素晴らしいだけでなく日本の教育の優秀さを全世界に示してくれたのです。

 日本の教育は間違っていないどころか、世界有数の優秀な教育なのです。

英語を学ぶ生徒の皆様若い英語教師の皆さんへ

 日本教育素晴らしいところの一つに、「バランスのとれた教科数」があげられます。

 義務教育の最終段階である中学校では、9科目1週間の中で学びます

 開発途上国の中には、世界競争に打ち勝つために、役に立ちそうな語学教育だけを偏重したりしますが、そのような教育は間違いでしかありません。

  日本は、自分たちの教育を誇りに思いこそすれ文科省の支持通りに、「ころころと変える必要はない」私は思っています

 この事を前提とするならば、1週間の中の英語の時間数は、週6時間前後となります英語の時間数が少ない学校は4時間ということもあり得るかもしれません。この限られた授業数を有効に使うにはどうすべきなのでしょうか

 英語の力「読む・書く・聞く・話す」4つに分けることができますが日本の英語教育は明治時代から、「読む力」を重視して来ました。

 それは、当時、先進国であった西洋から知識を学ぶためでした。

 そして、この英語教育があったからこそ現在の日本の繁があることを忘れてはならないのです。

 日本の英語教育国語教育と同じく今でも「人格教育」の中心で、その重要性は現在に於いても、未来に於いても不変です。しかも国語とは違う読解力・理解力を、「英語による読書」は与えてくれます

 さらに最新の情報は、学会でもほとんど英語でまず発表されるので英語国際共通語としての重要性も増しつつあります

 一流の人物を輩出するためにはまず「読む力」をつけさせることが必要不可欠です。

 このことは、現在も未来も、昔と変わらないのです。いや昔以上に重要なことと言わなければなりません

 この読む力を蔑ろにして、文科省や、企業戦士たちは、中等教育「聞く力・話す力」をもっと重視するように求めていますが、大きな誤りだと私は考えます

 6時間しかない時間全部割いて「聞く力・話す力」つけるために当てたとしても、その力の習得はほとんど不可能です

 なぜなら、「聞く・話す力」の習得には「全没入(Total Immersion)の環境忍耐を伴う「繰り返し作業」必要で、週6時間では、「聞く・話す力」獲得するには、全く足りなくなるだけ、「焼石に水」状態の悲惨な授業になるだけなのです。

 しかも、「人格教育」の大切な時間が奪われるのです。

 日本「伝統的な英語教育」は、限られた授業時間数の中、「辞書を片手に、いかに、英文の内容を正確に把握するか」追求した、日本人の知恵の詰まった素晴らしい手法なのです。

 英語圏とはかけ離れた「文化」を持つ日本人にとって、「伝統的な英語教育法」は、ごく短時間で英語の古典まで読むことを可能にする日本独特の効果的な学び方なのです。

 英語圏外国人先生(Native Teachers)は、私たちがシェークスピア時代の文章を教えると「そんな言い方は古臭くて、今は使いません。」直ぐに反論してきます。

 しかし私の視点は、「国際人としての素養」として、また、相手の信頼を勝ち取るためには、「相手国の古典は読んでいなければならない。少なくとも、古典を読む力がなければ、相手国の人達と対等に渡り合えない」ということです。

 英語共通語とする国際人たちと対等親交関係持とうとするなら、自国の古典だけでなく、相手国の古典を読んで相手国の文化を熟知して、尊敬の念を抱かせることが必須だからです。

 古典の読み方など英文科へ行く者以外、大学では学べません

 高校では、「辞書片手に自分で努力すれば、英語の古典が楽しめる程度に成る。」ということを、英語教師は教えているのです。

 「話す・聞く力」独学で学んでいけますが、古典を読めるようになる「読み方・文法」は、教師から学ばなければ、一生身に付かない能力だからです。

 もう一つ「日本の英語教育」の強みは、読む力に於ける、教師の為教科書マニュアル(Teacher’s Manual)」が素晴らしいということです。

 日本では、第一外国語として、義務教育最終段階である中学校の生徒英語を学ばなければなりません生徒たちに実力をつけるためには、「英語の能力の優れた教師」を多数手配しなければなりません

 しかし、実際には、各学校は講師の人数も含めて、優れた教師の確保というのは、「至難の業」となります。

 教員免許を持っていても、優秀とは限らないからです。

 しかし、「日本の教師のためのマニュアルは、教師の実力不足を十分補ってくれるほど丁寧で、素晴らしいものです。

 日本人は、英会話さえできれば、「尊敬の念」相手与えられると勘違いしてしまいます。

 英語圏では聞けて、話せても、読めない、書けない人々がたくさん居ます

 従って聞けて、話せても、相手国の人々から、尊敬されることには繋がりません。

 「愛について」、「平和とは?」、「自由について」、「友情とは?」など、どの国民も憧れる事について、討論できる能力がなければ、相手国の尊敬の念を自分に持たせることはできないのです。

 抽象的事象について、討論できる力が獲得できてこそ相手から尊敬の眼差し見られ国際人として認められるのです。

 誤解しないでください。私は「話す・聞く力」を軽視しているわけではありません。

 私の意見のポイントは、中等教育では、自分のアイデンティティを深く掘り下げるために、また、人格教育のため、英語は国語と同じ様に、「読む力」の獲得が重視されるべきであるということです。

 中等教育では、週6時間程度しかない中に、さらに「話す・聞く力」も学ばせようとする文科省の今の方針間違っていると言いたいのです。

 では、「話す。聞く力」はどのように、学ぶべきなのでしょうか? 

 私の考えは、聞く能力のために、初等教育大量の英語音声を生徒に聞かせ聞く耳敏感にさせ、抽象的な事柄に議論できる能力は高等教育の場で行うべきだと考えています。

 政府の機関、地方自治体の機関、もしくは、然るべき大学の機関に「英語村」を創設し、英語しか使えない、完全没入(Total Immersion)の環境を創り、ある程度の期間中、24時間集中教育を施し、「英語漬け」にすべきだと考えています。「英語村」については、次回のブログで詳しく述べるつもりです。

 

 

 

 

明治時代からの日本英語教育は、世界に誇れる素晴らしいものです。 No.1

       

             ア ン ネ の バ ラ

 

「経験というものは、欲しいと思ったものが得られなかった時に、はじめて得られるものです。」

 この言葉、47歳という若さで亡くなったランディ・バウシュ教授「最後の授業」での言葉です。この意味は、「経験」即ち「技術の様なもの」は、失敗はするべきで「失敗が無ければ、技術や経験は身に付く事は無い」ということを意味しています。

 私は、40年間英語の教師でしたが、英語の勉強にもこの事が当てはまります。

 英語の勉強をする際に生徒たちには、大きな誤解生まれます。それは、「学校の授業を受け、先生の話を聞いて、ノートを取り、試験前に復習さえすれば、英語の実力が付く」という誤解です。

 数学や理科の勉強は、労力をできるだけ省き、近道をした方が良い学問です。しかし、英語は違います。なぜなら、英語はスポーツや楽器演奏の技術と一で、忍耐努力を持って日々会得して行く「技術」だからです。

 貴方プロのピアニストなりたいとしましょう週に何回か 日本一素晴らしいピアノの先生就いて学んだとしてもどんなに分かり易い説明を聞いたとしても、 もし貴方が、努力と忍耐を持って、自分から進んで日々、毎日練習しなければプロどころか、貴方の特技にもなりません。

 英語の勉強も同じです。英語力即ち「話す・聞く・読む・書く」は、全て技術ですから、日々練習をしなければ、決して身に付きません

 練習とは失敗の積み重ねです。ランディ・バウシュ教授言うように、失敗をするから、技術は身に付くのです。

 プロのテニス選手になった人も、最初は面白くない「素振り」繰り返しボールを打ち出した時は、「空振り」・「ホームラン」・「ネットに引っ掛ける」というような失敗を重ねて行くから上達するのです。

 では、英語の学習における失敗とは意味するのでしょうか?

 それは、「予習を毎日する」ことです。復習も疎かにしてはいけません復習には失敗がありません

 どれだけ復習をしても繰り返しがなければ「技術の修得」には繋がりません

 確かに、復習さえしていれば記憶力の良い人ならば、中間・期末テストでは高得点が取れるかもしれません。

 しかし、これは、自分の暗記力の良さを人に見せつけ、優越感に浸ることにしかなりません英語の実力は、復習だけでは絶対に身に付かないのです。

 「勉強は家でするもの」です学校は、教師に自分勉強の仕方が間違っていないか指摘してもらう、つまりフィードバックしてもらう所なのです。

 さて、スポーツや楽器演奏の失敗は、どのようなものかは、分かり易いですが、それでは英語の失敗とは具体的にどのようなものを意味するのでしょうか。

 英語に於ける失敗とは、読む力では、正しい訳を知る前に、辞書を片手に持ちながら自分なりの訳をすることです書く力於いては、「文法のドリルの数を毎日熟す事」、あるいは、「毎日、英文を書いて、教師に添削してもらう」を意味します

 どの場合も、辞書を参考にすることは構いませんが、失敗をすることが目的ですから、正解を先に見ることや、自分が解答する前に、他人から簡単に正解を教えてもらうこと厳禁です。

 なぜなら、そこには、失敗が無いからです。

従って、予習時に、教科書ガイドを見ながら勉すること最悪です。そこには、失敗が無いからです。

 英語の読む力を身につけるには、辞書と参考書を頼りに、まず自分なりにトライし、失敗することが大切なのです

 もう一つだけ、注意をすることがあります。

 それは英語を学ぶ生徒さんたちには「ノートに日本語の全訳を書かない」英語を教える教師ノートに全訳書かせないいうことです。

 英語を学ぶということは英語での考え方を身につけることが一番大切です。

 ところが全訳ノートに残すと、内容・概念 ⇒ 日本語文 ⇒ 理解の順番になり、これでは日本語の勉強であって英語の考え方は、絶対に身に付きません

 必ず英語の内容・概念 ⇒ 理解 ⇒ 綺麗な日本語文の順でなければなりません

 この順で学ぶためには、内容・概念を把握するために、上から内容把握して行く、「直訳」即ち、日本語の助けが必要になります。 

 つまりネイティブスピーカーが英文を理解していくように句(phrase)・節(clause)ごとに分けて上から、上から訳す」という技術必要なのです

 その為に英文法を学ぶこと必須です

 読む力無いならばどれだけ「話す・聞く」能力があっても、国際社会の組織や企業働くことはできません

 読む力を身につけること生徒教師疎かにしてはいけません

 もう一度、繰り返します。「勉強は、基本的には面白いものではありません英語のプロになるつもりならば、忍耐を持って、毎日鍛錬しなければ決して英語修得することはあり得ません

 ちょうど野球をする高校生が「甲子園」目指して、苦しい練習に耐えるような努力絶対必要なのです。

 

ぜひ、実践してみてください

 

民主党 アメリカ合衆国大統領 2人の大罪

 f:id:shalom417:20220303113041j:plain

        冬と春の境目  森 林 公 園   岡 山

 

 民主党元合衆国大統領、オバマほど、歴代のアメリカ合衆国大統領の中で、「人格者」は居ないと言っても過言ではありません。

 しかし、彼の犯した外交上のミスは、戦争を引き起こした歴代のアメリカ合衆国大統領比較しても、はるかに多くの人命を奪ってしまうミス犯してしまいました。

 舞台は中東でした。2010年から2011年に、「アラブの春」と呼ばれたアラブ世界の民主化運動は、イラクシリアに於いても、民主化運動が吹き荒れる結果となりました。

 2つの国には、共通点がありました。それは、「どちらの国も、裕福な少数民族からなる政府が、腐敗政治をしながら、弱者の多数民族を支配する」という構図を持っている事でした。

 イラクは、シーア派イスラム教信仰者が多数を占める国です。

 しかし、2003年まで、政府は、富裕少数民族である、スンニー派出身のフセイン大統領が支配し、親戚・同族のみで利益分配をする腐敗政治が横行しておりました。

 しかし、オバマ直前のアメリカ大統領であった、ブッシュJr氏によって、イラク戦争が引き起こされ、イラクにおける少数スンニー派の支配は終わりを告げることとなります。

 ブッシュJr氏の後アメリカ合衆国大統領に就任したオバマは、戦争嫌いで、中東の地で、アメリカ人若者たちが血流すことを嫌い

イラクに於けるアラブの春の混乱を放置したまま、201112月、米軍を全面撤収しました。

 その後、イスラムシーア派大国イラン介入もあり、多数民族のシーア派の政府が、イラクで誕生します。

 しかし、恐怖政治を強いていたスンニー派の少数富裕層に対する、シーア派民衆の恨みは深くスンニー派への弾圧・迫害が続きました

 オバマによって、引き起こされたアメリカの影響力の減少空白混乱に乗じてISIL、イスラム国の誕生という最悪の事態も招きました

 イスラム原理主義の、ISIL、イスラムは、奴隷制の実施等、人権無視した暴挙で、この地域弱者を虐げました

 オバマこの地域の混乱よりも、自国の利益を優先し、力のバランスを崩して、力の空白生み出した結果イラクでの、アラブの春が、イスラエルが予言した通り「アラブの冬」となり、この地域の多くの人命幸せな生活奪うことに繋がったのです。

 一方、シリアでは、イランのシーア派に近い少数派、アラウィー派アサドJrが、父の後を継ぎ、大統領の権力を笠に、腐敗政治を行い、アラウィー派の親族・同族だけに利益を齎しておりました。

 シリアは、イラクとは真逆で、スンニー派多数派の国でした。

 シリアイラクと同様アラブの春民主化運動吹き荒れ他の外国勢力が妨害しなければ、多数派のスンニー派が、民主国家を創設するはずでした。

 ところが当時アメリカ合衆国大統領オバマは、自国の若者の血が流されるのを嫌いシリアでの影響力を縮小させ、イラン・ロシア・トルコに、シリアの混乱処理を任せてしまいます

 戦争は、力のバランスが崩れた時に起こります

 この機に乗じて、ロシアは、中東での勢力拡大の為、それまで、劣勢であった、アサド政権を助け武力でもって、シリアの民主化を妨げました。

 現在ウクライナで、プーチン武力で暴挙を起こしていますが、シリアでも、同じ様に、シリア破壊して、思慮あるスンニー派のシリア国民弾圧しました。ロシアとアサド大統領は、化学兵器さえ使用した」と言われています

 アメリカ合衆国大統領オバマは、諜報機関からロシアとシリア化学兵器、細菌兵器を使用する恐れがある」と情報を得ていました化学兵器、細菌兵器を使えば、レッドカートだ」シリア、アサド大統領に、警告してはいましたが、アサド大統領が科学兵器を使用した後もシリアへの影響力を放棄しロシア・イランに治安を委ね、放置したまま、何の行動をも起こしませんでした

 この弱腰姿勢が、ロシアのプーチン更に傲慢にさせ、助長させる結果に繋がっています。

 ウクライナに於けるプーチン氏の暴挙は、「シリアに於けるアメリカの弱腰」大きく影響しているのです。

 現アメリカ大統領、バイデン氏は、シリアでのプーチン氏の暴挙当時、副大統領の要職に在りバイデン氏にもアメリカの弱腰」に責任があります。

 バイデン氏ウクライナの関係を説明すると、彼が、オバマ大統領の下、副大統領であった頃2009年7月に、不正選挙を覆しウクライナに新欧米政府を樹立させた時から今まで、深い関係を保持してきました。

 2020年バイデン氏の息子が、ウクライナ企業から破格の金額を授与され、税金問題で、アメリカ全国話題になった事もあります。

 バイデン現アメリカ合衆国大統領の外交上の大きなミス一つは、アフガニスタンからの米軍撤退」です。悪名高く、愚かなトランプ大統領でさえ、外交・軍事専門家の言うことを聞いて、撤退を躊躇していた事項であるにもかかわらず、後先の見通しもなくアメリカ兵の血が流されることを嫌がってアフガン撤退を実行いたしました。これは、側近、外交・軍事専門家の助言を無視した行動でした。

結果は、皆様ご存知の様に、非近代的なタリバンが、あっと言う間に、アフガニスタン全土を掌握し、政権に返り咲きました。その為豊かさ取り戻しつつあったアフガニスタン国民は、又もや、食料も暖房も得られない生活落とし入れられました。中村哲氏の努力も水泡に帰すこととなっています。

 何よりも最悪なのは、あまりにも多くのアフガニスタン国民が、難民となってしまったことです。  しかも、本来、アフガニスタン国を支えることのできる慮ある人たちが、殆ど難民として、国外に逃避してしまった事でした。

 これによりアフガニスタン国内に於いて、貧困・飢え・病の為、さらに多くの国民が命を落とす事となりました

 その中で、最も被害を受け、犠牲となったのは、子供たちでした。

 プーチン氏のウクライナ侵攻でも、バイデン米大統領の失策が続きます

 大国の外交で、最も大切なのは、「相手の国に、戦争の意志を捨てさせる事」です。

 しかしながら、ロシア軍ウクライナに侵攻する前に、有ろう事かバイデン氏は、「少しぐらいの侵略は、容認する発言」をしてしまったのです

 これによりロシア、誤ったメッセージを伝える事となりプーチン氏を助長させ、ウクライナの悲惨な現状に繋がっているのです。

オバマバイデン氏と言う民主党大統領2人と、その間の、「プーチンを天才」と称えた、史上最低の大統領、トランプ氏を含め3代に渡るアメリカ大統領の「自国の利益しか考えないアメリカンファースト」が、世界に「力の空白」を生み出してしまったのです。

 この「力の空白」の間に、ロシアのプーチン氏、中国共産党習近平氏、北朝鮮金正恩傲慢にさせ、助長させる事となったのは、この三代アメリカ合衆国大統領の失政責任でもあるのです。

 「人命より、自国の利益を優先する悪人」が、世界に解き放たれるのを防ぐには、世界警察が必要です。

 その中心を担うのは、今のところ、アメリカ合衆国しかありません。「強いアメリカ」の復活を祈ります

アメリカ大統領、バイデン氏には、汚名挽回の機会が未だ残されています

 

 

 

プーチン大統領の暴挙を止めることのできるのは、ロシア国民です!

f:id:shalom417:20211210102737j:plain

        森 林 自 然 公 園     岡 山

 

「侵攻はしない」噓の報道で、世界を欺きウクライナ侵攻で、戦争を始めたプーチン大統領は、歴史上ドイツのナチスヒットラーに次ぐ、多くの人の命と幸せを奪った戦争犯罪人です。

 プーチン戦争犯罪人としての主な証拠を、3つ挙げます。一つ目は、シリアでの犯罪です。

 2011年、「アラブの春と呼ばれる民主化運動」がアラブ世界で吹き荒れていた時代シリアを支配していたのは、父親から、世襲された政権を引き継いでいたアサド大統領でした。その政治は、恐怖政治で、自分たちの一族であるシーア派に属するアラウィー派にだけ利益が与えられる典型的な腐敗政治が横行しておりました。さらに、化学兵器を使ったのではないかと噂されるほど、民衆を弾圧しておりました。

 シリアは、イラクとは真逆で、スンニー派が多数派に成る国です。アラブの春運動」で目覚めた国民は、恐怖政治を行うアサド政権に、民主化を叫び、打倒しようとしました。そのまま進めば、アサド政権は崩壊し、平和を願う多数派スンニー派の人々が、民主主義政府を布くはずでした。イラクとは真逆ですが、似た国が出来るはずでした。

 しかし、ここで、ロシアのプーチンは、自国の利害・利益だけの為に、シリアに、軍事力で介入し、シリアのアサド政権がそのまま続くことに、手を貸しました。

 アサド大統領今まで以上に、暴力による圧制を布きスンニー派を弾圧しました。その結果シリア国内は、内戦状態に陥りイスラム国(ISIL)をも、誕生させてしまう事となりました。

 この事件で、何よりも悲惨なのは、難民が多数発生したことです。2017年時で、難民数は、660万を越えました。戦争難民で、最も被害を受けるのは子供でした。

 2020年時で、政府の弾圧・貧困・病等で、38万人もの難民が亡くなり、今も死者の数は留まる所を知らず、増え続けています

 戦争よりも遥かに多数の死者を出してしまった直接責任は、戦争犯罪者、プーチン露大統領在ります。プーチン露大統領が自国利害の為に、介入しなければ、こんなに多数の死者を出すことはなかったのです。

 2つ目の犯罪は、アフガニスタンに於いてです。アメリカのアフガン侵攻により、一度は、「死に体」となったタリバン政権でしたが、アフガンに於いても、プーチン露大統領は、持ち前のずる賢さを発揮します。自国の利益、即ち、アメリカをアフガニスタンに留まらせ、合衆国を疲弊させるために、プーチンは、山に隠れてテロ行為をするタリバンに手を貸し武器を供給しました。結果タリバン勢力盛り返しました。

 アメリカ合衆国バイデン大統領の命令の下駐留部隊撤収後タリバンは再度政権を自分たちの手中収めます。

 アフガニスタンは、これにより、混乱に陥りアフガニスタンの、平和を望む思慮ある国民の大半は、難民となってしまいました。

 シリア難民同様アフガニスタンでは、戦争で亡くなる死者よりも、はるかに多い人たちが、今もなお、貧困・飢え・病気等で亡くなっています

その大半は、何の罪も無い子供達です。

 3つ目の犯罪が、クリミア半島から始まり、今また、ウクライナ侵攻し、「大ロシア構想」という妄想捕りつかれたプーチン露大統領愚行です。

 クリミア半島の場合、ロシア軍侵攻では、住民多数の支持がありましたから、まだ許される部分があるかもしれません。

 しかし、ウクライナには、プーチンロシア政府の傀儡政権に成る為に送り込まれた一握りの人間しか、プーチン支持者は居ません

 今なお、ロシア軍は、ウクライナに侵攻し続けておりますが、このままでは、シリア・アフガニスタンと同じく甚だ多くの難民が発生し、夥しい数の人命失われるでしょう。

その犠牲者の大半は、子供達です。

 私は信じています日本にも悪い人たちが居るようにロシアにも、プーチンのような、悪人が居るかもしれません

 しかし、ロシアの大半の国民は、平和愛する勇気ある人たちで、平和の為世界の為立ち上がってくださること信じています

 「平和な世界」を創設する為に、全世界の人々は自分に出来ることをして、立ち上がらなければなりません

 今、最も大切な事は、ロシア国民が全世界の人々の支持を得て立ち上がることです

 プーチン氏を大統領から罷免し、プーチン氏に、自分の犯した大罪の為、国際司法裁判所に出廷してもらおうではありませんか

 全世界の人々は、平和のバトンを、心あるロシア国民皆様に託しました

平和な社会を創設する為、今、最前線に居るのは、ロシア国民なのです

 平和を創れることが今できるのは、ロシア国民だけなのです。

 なぜなら、今、プーチン氏を抑えることができるのは、ロシア国民だけだからです

 

コロナ禍で分かった 日本の悪リーダー 3タイプ

f:id:shalom417:20211210102211j:plain

           紫 宸 殿   京 都 御 所

 

 現在、オミクロン株猛威るっていますが、日本リーダーたちは、オミクロン株を正しく恐れ理解し、国民を導かねばなりません。しかし、ほとんどの日本のリーダーたちは、保身のため国民を誤った方向に導いているようです。

 今回は、オミクロン株の対応から、リーダーたちの迷走ぶり3タイプに分け、考察することによって、「日本に相応しいニューリーダーの到来」を期待したいと思います。

 まず、第一の例として挙げられるのが、政治家によくあるタイプです。即ち、身の保全策を第一に、安全運転だけを優先し、何もしない、「石橋をたたいてしか渡らない」タイプのリーダーです。

 この典型例が、現総理大臣です。感染者の数が急増することは、私でも予想出来ました。心ある感染症専門家たちが、「コロナウィルス対応を全医療機関で対応できるように、エボラ熱と同等に扱わないで、インフルエンザ同等の対応をするべきだ」と助言しているにもかかわらず、現首相は、「オミクロン株は重症になりにくく、インフルエンザ扱いが可能かもしれないが新種の死亡率の高い新しいコロナウィルスが出現すれば、基にもどすのが困難だから」と言って、貸しませんでした。

 これは、大きな間違いです。ウィルス感染症の専門家によると、「普通、自然界のウィルスは、感染しやすい状態に進化していくのが常識です。感染しやすくなることと重症化・死亡率が高くなることは、反比例の関係にあるのです。」

従って、オミクロン株から、死亡率の高い新株が生まれる確率は、極めて低いのです。

 もし、一歩譲歩してコロナウィルス人工的なもので、現首相の言う通り重症率・死亡率の高い新株出現したとします。

 それなら、その時点で臨時国会を開いてでも、その新株を新しいウィルスとして、現状の扱いに戻すことは、可能なことです。

 ただ、政治家が面倒さを嫌がっているだけです「有事」の時に、政治家が取る行動としては最低です。

 政治家の中には、「コロナウィルスを五類感染症にしてしまうと国民がワクチンを無償で受けられなくなる」と言って反対する政治家居ますが、これも、「政治家の怠慢」が生み出す考え方です。

「時限立法や特別措置法」という形を取れば現在措置の良い所残せるはずです。

 現在オミクロン株が蔓延している最中、人命を守らなければならない医療従事者たちは、「濃厚接触者になる」或いは、「陽性者が出ただけで、幼稚園や小学校が簡単に閉鎖になるため、子供たちが自宅に居るので、医療に従事できなくなる」等で、医療界は混乱、医療崩壊逼迫し、オミクロン株で、弱った高齢者が、成人病等との合併症にかかり助かる命さえ助からず、死亡率増加しております。

 このままでは、毎年、肺炎等で死亡する高齢者の数は、例年より急増するでしょう。

前述の「合併症でなくなる数」も、「オミクロン株の死者数」に、愚かにも含まれています。

 しかし、最悪なのは、この先、経済崩壊のために、「家庭崩壊・自殺する人々の数」が、「数え方が愚かなオミクロン株の死者数」さえ、遥かに上回る時が来てしまうということです。

 今こそ、政治決断で、この混乱を防ぐべき時です。これを決断するリーダーの出現を祈ります

 第二の例として挙げるのは、コロナ禍の最前線に居る地方自治体のリーダーたちです。

 知事の中には、「まん延防止等重点措置」を、責任逃れの「免罪符」のように実施している知事がいます。

 最前線に居るはずの知事に問います。「人流抑制をしても、効果がない」ということが証明されているにも拘らず、なぜ、そこから目を背けるのですか。

デルタ株の時の収束の仕方を見てください。まん延防止措置を取らなかった県も、まん延防止措置を厳しく取った都道府県も、同時期に収束したのは何故ですか。

また、オミクロン株が猛威を振るう中沖縄・山口広島先行して、「まん延防止等重点措置」を実施しました。それでも、潜伏期間が短いオミクロン株なのに、現在も、他府県とほとんどかわらないのは、「飲食店だけを人流抑制しても無駄」ということを示す証明です。

知事や評論家の中には、「まん延防止等重点措置が甘いので、緊急事態宣言等のさらに厳しい措置が必要」と言っている人たちも居ます。これも、大きな誤りです

 その様な人達は、「ロックダウン宣言」を出しても感染者増加を防げなかったヨーロッパ諸国から何を学んでいるのですか愚かとしか言いようがありません

 感染症の専門家は、「縦軸にウィルス感染者数横軸に日数を取るグラフを描くと、どのような人流抑制かけた場合でも、、その面積は変わらない」と断言しています。

 即ち、「人流抑制をして、一日の感染者数を減らしても、日数が伸びるだけで、ある程度の人たちが感染するまで、収束しない」と言う意味になります。まん延防止等重点措置を解除した沖縄で、再度、陽性者が増加しているのは、「人流抑制をしても無駄」という感染症専門家の言うことが正しいという新しい証明です。

 人流抑制効果は、「感染を遅らせ、時間を稼ぐ」ことで、時間稼ぎして、ウィルスまん延に備えて、対策を立てる時間を稼ぐことだけに有効なのです。

 しかし、現在の様に全国にオミクロン株が蔓延している状態で、「まん延防止等重点措置」を施行し、人流抑制をしても、ピークアウトを遅らせるだけで、日本の経済を、さらに悪化させるだけです。

 知事たちは、「政府や、専門委員会」責任を擦り付ける姿勢ではなく有事最前線での、混乱を最小限に治める姿勢示すべきです。有事最前線での判断で、「まん延防止等重点措置」を解除するべきです

 なぜなら、オミクロン株による死亡者数より、経済悪化の家庭崩壊者数・自殺者数上昇が、これから、さらに悪化するのは明白だからです。

 知事の賢明な判断が要求される時です。

知事が、「日和見主義」に陥っている余裕は、日本には無いのです。それほど、経済悪化が国民を困窮させているのです。

 第三の例として挙げるタイプは、政治の圧力団体」となり、自分たちに火の粉が降りかからないように立ち回り渦中の外で、治まるまで傍観しようとするリーダーたちです。

 日本は、「コロナ禍と言う有事」になって、3年の月日が経ちました。

医療大国、日本に於いて、病床は全国に140万床あると言われていますが、デルタ株が猛威をふるっていた第5次コロナウイルス感染拡大時に、コロナウィルス禍に当てられた病床は、わずか5%程にしか過ぎませんでした。

 コロナ禍が始まって以来2年間、時間の余裕あったにもかかわらず、「志ある医療従事者だけ」に任せて、日本医師会幹部たちは、リーダーとしての責務果たそうとしませんでした

先頃、政府は、保険業務の煩多、崩壊逼迫を見かねて、地方の医師会に保険業務を手伝って欲しいという「お願い」を出しました。

 これを聞いて、日本医師会幹部リーダーたちは、恥ずかしいと思いませんか。この有事の中で、そのように指示を出すのは、政府よりも先に、日本医師会が、全病院先導して動くのが筋ではないのですか。

現在、オミクロン株禍中、医療の混乱を起こしている一つ原因が、「中等症患者の増大」です。

 そもそも、中等症患者と命名して分類し、対策にあたっている国は、日本以外にあるのでしょうか

 混乱を招く「中等症患者」という分類は、果たして、必要なのでしょうか。

これだけ、オミクロン株患者が蔓延しているのですから、中等症患者という分類は無くして、重症者のみに集中する治療体制を取るべきではないのですか。

例えば、酸素投与が必要な患者は、自宅療養という手はないのでしょうか。重傷者対応は、呼吸器を設置しなければならない患者基礎疾患があって、死に至る可能性のある人、特に、高齢者に限るべきではないでしょうか。

日本医療界では、酸素投与の必要な肺がん患者には、機器を貸与して、多くの患者を自宅療養させているではありまませんか。

現在、日本医師会や政府専門委員会は人流抑制ばかり、推奨しておられます。しかし、これ以上人流抑制を無駄に続けるならば、外に出られず、刺激が少ないために、要介護に陥る高齢者が急増するのは、目に見えています。

また、屋内のマスク着用は必要ですが、幼児たちにも果たして、必要でしょうか

幼児たちは、友達同士の顔の表情によって、多くの事を学びます。このままでは、「現在の子供達の中に、人の表情から読み取る能力が低い子供がたくさん出るのでは」と、児童心理学の専門家たちしております。

日本医師会幹部を中心に、リーダーとして、「医療大国日本」に相応しい動きを見せてくださることを期待しております。

 なぜ「コロナ禍と言う有事」で、正念場を迎える日本で、この様なリーダーたちしか育たないのでしょうか。

私には、日本社会全体に責任があるように思えます。

即ち、「日本の社会は、失敗を許さない社会だからだ」と考えます。

ヴァーチャルリアリティの専門家、ランディ・パウシェ教は次の様に述べています。

「人間が経験を獲得するのは、欲しいと思ったものが得られなかった時に初めて得られるようになるのだ。」

これが正しいのであれば経験豊富なリーダーが生まれるためには、「失敗をしなければ良きリーダーは生まれて来ない」と言うことになります。

しかし、日本の社会は失敗を許さない社会です。失敗をしたリーダーに対して直ぐに辞任を押し付けようとします。特に、その悪の根源は、政権を狙ういくつかの野党政党顕著に見られます

汚職ですぐに辞任を迫るのは当然のことです。しかし、国民の為を思い、模索・試行錯誤する政府には、国民が、失敗を経験させる寛容さを持たなければ、日本に、永遠に良きリーダーは、輩出しません。

リーダーは経験を積まなければなりません。経験を積む為には、失敗をしなければならないのです

特に、「未曾有のコロナ禍」と言う「有事」の時に、この「有事」を利用して政権奪取など、野党政党は考えてはいけないのです。

コロナ禍の様な有事の時には、無暗に反対するのではなく、反対するのであれば、弱い立場の国民の側に立って代案を提案するべきなのです。

政治家は、「有事」の時に、自分たちの選挙に役立つ人為だけに動く事が、有ってはならないのです。

日本には、もう一つ「良きリーダーを生み出す」ことに、邪魔をしている集団があります。それは、「マスコミです。

オミクロン株の事を軽視してはいけません。「正しく恐れること」が大切なのです。しかし、それなのに、マスコミ報道の多くが、過度に国民を怖がらせて、視聴率を稼ごうとしています。

例えば、感染者の数です。どうして無症状者や軽症者の数を含んで国民を怖がらせる必要があるのでしょうか

 私達が、知って、どのように対処して行くか必要な数は、「死者数とそれに繋がる重傷者数」だけで良いではありませんか。

マスコミの報道の仕方は、無暗に、国民を恐れさせるだけです。どうして、そんなに、視聴率を稼ぐことに固執するのですか。この態度によって、日本のリーダーが大胆に政策実行することを躊躇させているのではありませんか

日本に素晴らしいリーダーが出現する為に、社会は変わらなければなりません

 与野党国会議員マスコミの方々には、反省して考え方を改めていただく必要があります。また、国民も、より寛容さを持つべきだと考えるのですが、国民の皆様はどうお考えになるでしょうか。

 

中村哲氏暗殺、追悼2周年に思うこと。

 

f:id:shalom417:20211223114154j:plain

            冬 景 色     岡 山

 2019年12月4日、正午前後だったと思います。

 当時、英語教師であった私は、例年、3学期の初めに、英語の教材として、中村哲氏の伝記」を生徒たちに学ばせていました。教材研究の一貫として、直前に、「クリスマスのために、アフガニスタンにサプライズ訪問をしていたトランプ大統領の記事」をパソコンで検索していたのです。

 その時偶然、中村哲「テロによる銃撃襲撃事件で負傷の知らせ」発見しました。当初、病院に運ばれた中村哲は、「重体ではあるが、命は別状なし」との報道でした。しかし、夕方になって、中村哲氏死亡」悲報が飛び込んできました。

 私は、生徒たちに、この事実をどのように伝えるべきかを、苦闘、思案したのを、今も忘れることはできません。

中村哲は、「20世紀が生んだ偉大な魂」であり、「世界で尊敬される数少ない日本人の一人」です。

 しかも、「2001年9月11日、歴史を変える悲劇が計画された時に、アフガニスタンに滞在し、当時のタリバン政府と交渉していた数少ない日本人目撃者」なのです。

 歴史が大きく変わっていくのを、現地で目撃した証人でもあります。

 哲氏医師として、イスラム社会で貢献することになりますが、彼の素晴らしい所は、西洋の白人至上主義の人たちとは違いクリスチャンでありながら、キリスト教文化押し付けることなくイスラム教文化尊重できたところにあります。互いの違いから出発し、愛・友情・平和等の普遍的価値観について討論できる強い城、即ち、アイデンティティを持ち、イスラム社会の人々から尊敬の念を持たれたところです。

 つまり、彼は「国際人」としての素養身につけていたのです。そして、強い意志により、清潔な水不足のために、死に逝く多くのアフガニスタンの人々、特に、子供たちの為、まず、井戸を掘り、多くの命を助けました。そして、さらに、広大な用水路完成させ、一時は、数十万の人々の生活を支えることに成功したのです。

 しかし、タリバンが政権を奪取して以来、中村哲功績は抹殺され、それと同時に、アフガニタンの多くの国民の上に、飢饉や疫病の災難が降りかかり罪も無い幼い子供たちめ、戦争時よりも、さらに多い死者が出ようとしているのが現在です。

 中村哲氏を暗殺した犯人は、まだ判明していません

 本当に「偉大な魂」と呼ばれる人は、全員から愛されることはありませんその人が邪魔で、敵になる人たちからは、抹殺したいと思われる人が、本当に「偉大な魂」なのです。その意味で、中村哲氏は、「20世紀が生んだ最後の偉大な魂の一人」に間違いありません。

 中村哲氏を暗殺した集団、もしくは、国はまだ判明していません日本の警察2年間捜査して、まだ犯人集団を特定できないでいます。

 それは、その集団が、用意周到に計画を練り、暗殺実行出来る「高度な集団」であったからです。

 犯人は、アフガニスタンの復興を望まない集団」存在します。

 アフガニスタンの復興望まない理由は、少なくとも、2つの可能性があります。

 一つは、アフガニスタンで作られる「麻薬・アヘン」関係しているかもしれません。その当時、アメリカと闘争するために、アヘン栽培を奨励していたタリバン」も容疑団体の一つです。タリバンは、現在中村哲氏の功績をも消し去ろうとしているのですから。

 もう一つの可能性は、アフガニスタンが豊かになれば、自分たちの武器、あるいは穀物等が輸出できなくなること懸念した集団、もしくは、大国の可能性があります。

 しかし、現在どんな圧力が、存在してもいつの日「歴史」「犯人は誰だったのか」世界中に明確にしてくれることを私は確信しています。

 10万人以上の命を救い、数十万の人々の生活を支えた中村哲氏ですが、ノーベル平和賞」を受賞することはありませんでした。もし、彼が、キリスト教社会で同じことをしていたら、彼は間違いなく「ノーベル平和賞受賞していたでしょうに。

 イスラム社会、しかも、「9・11のテロを起こしたアフガニスタンでの出来事」ということで、西洋からは評価されなかったのでしょう。

 彼を評価しなかった理由は、「白人至上主義という傲りが、無意識のうちに、西洋の人々の心の中に存在している証」と私は考察します

「命」の尊さにキリスト教徒にもイスラム教徒にも変わりはありません

 もし、西洋の人々が、命の重たさに変わりはなく、「全ての人の命は、この地球より重たい」信念ありさえしていたなら中村哲氏は「ノーベル平和賞」を受賞していたでしょう。

 中村哲氏が暗殺されたことタリバン政権の出現で、アフガニスタンの復興」は、遠退アフガニスタンの人々には、大艱難辛苦が来襲しようとしています

 心あるアフガニスタン人々が難民となり、辛苦を経験しているのが現状です。

 しかし、そのような現状であっても、いつの日か、心あアフガニスタンの人々が祖国に戻り中村哲氏の意志を継ぐことを、私は信じています

 1964年、東京オリンピック当時「緑に包まれた、豊かな農業国」として、復活することを私は確信しています。

 なぜなら、中村哲は、アフガニスタンの人々奥底に、「いつまでも消えない灯火、偉大な仕業」を、もうすでに成し遂げてしまっているからです。

 今は亡き、中村哲心あるアフガニスタンの人々を偲んで、再度一筆残します。

 

同志社創立記念日に際して

 f:id:shalom417:20210729104632j:plain

           「アンネのバラ」   京 都

 アンネの父、オットー・フランク氏から、「バラが根付くように、平和を愛する心      が日本の子供たちの心に、根付きますように」と送られた。

 同志社創立記念日おめでとうございます。

 さて、私達の校祖新島襄は、明治の初期に於いて、「日本で英語に一番精通した人物」でした。幕末から明治時代の当初、他にも英語の話せる人はたくさんいましたが、その人たちは「漂流」などでアメリカの地にたどり着き英語を学びました。しかし、新島譲はそのようなレベルではありません国禁してまでもアメリに渡り、アメリカ合衆国大学院まで卒業して帰国した人物なのです。従って、英語力のレベル他の日本人と比較して「桁外れの実力の持ち主」でした。

当然日本の中央政府は、新島襄という人材欲しがりました。現に、中央政府から勝海舟京都に来て、「政府で働けば立伸出世は思いのまま」中央政府で働くことを勧めましたが、新島襄「強く固辞」し続けました。その姿を見た勝海舟は、新島襄を評して「なんと私利私欲の無い人物か」さらに彼のことを好きになったと言われています。

 ではなぜ、新島襄は東京へ行けば「立身出世は思いのまま」なのにそれを固辞したのでしょうか。

 結論から言いますと、は、立身出世官僚の道よりも教育者としてき、しかも、政府求める人材とは、異なる人材輩出する」という大志を心の内に秘めていたからです。

 同志社大学が設立された同じころ、「慶応義塾大学」早稲田大学東京設立されました。京都大学「学問の大学」に対して、東京大学慶応義塾大学・早稲田大学は、「西洋に追いつけ、追い越せ」という政府の目標に基づいて、主に設立された大学です。

 しかし、政府目標にした西洋、即ち、イギリス・フランスなどは、「世界各地で植民地つくり弱い人々を虐げ挙句の果てには、アヘンを使って暴利を貪る国々」でした。

 新島襄は、イギリス・フランスのような国に、日本ることを望まなかったのです。

 は、「良きアメリカ時代」自分の利益よりも、貧しい人々のために貢献する」と言う、現在グローバルの時代でも通用する人材育てたい」と願ったのです。

 その為には「政府からの干渉・圧力の届かない地」大学を創設する必要がありました。なぜなら、彼の「育てたい人物像」とは、キリスト教に基づく良心に充満した人間」だったからです。

 このことを理解して頂く為に、ある一人の人物を紹介したいと思います。その人の名はキュリー夫人です。彼女はフランス人で、夫ピエールとともに、ウラン鉱からラジウムを取り出すことに成功し、その功績で、ノーベル物理学賞受賞し、フランスで最初の女性大学教授になった人物です。

 さて、彼女の発見は、病気の治療に役立つので、アメリをはじめ、多くの国々、企業欲しがる技術でした。もし、特許を取るなら「巨万の富」キュリー夫妻に転がり込むはずでした。

 ところが、夫妻は特許を取らず、一生貧しいままで居ることを選択しました。

 ではなぜ、特許をとらなかったのでしょうかキュリー夫人は、のように述べています

科学者の使命は、世界の人々の幸福平和に貢献することです。もし、私達が特許取って貧しい国々の人々が、自分たちの発見した治療法を使えば、命が助かるのに特許料を払えない為死んで行くとしたら、それは、科学者として、許されないことです。科学者魂に反することなのです。」と断言しました。 

 もし、私がキュリー夫人の立場にいたなら、「さらに世界のために貢献するためには、良い研究室が必要だ」とか理由をつけ、特許を取得し巨万の富を得たと思います。多くの日本の科学者たちが、特許を取る為に、即ち、金持ちになる為に、研究を続けている現状からするならば、彼女の行為は、「崇高な行為」と言えます。

 ではなぜ、キュリー夫人は、このような「崇高な行為」選択できたのでしょうか。 それは、キュリー夫人「敬虔なクリスチャン」だからです。キリスト教には、「自分を捨てて、人のために尽くす」という美徳があり、人を崇高にしてしまう「不思議な力」あるようです。

この「不思議な力」教育者として、日本で初めて着目したのが新島襄でした。彼は政府に干渉されにくい「京都」に於いて「グローバルな視野を持ち、自分の利益よりも、弱い立場の人々のため貢献できる人物育てる事目的にし同志社大学を創設したのです。

 確かに、同志社は、東京に存在しない為に、慶応義塾大学や早稲田大学のように、政府に人材を送り、歴史上に名を馳せる人物は数多くは輩出していません。また、両大学べて、新島襄の大学、同志社標準偏差知名度でもはるかに劣ります。

 しかし、東京設立しなかったからこそ新島襄志を持つやから(社)同志社は、キリスト教道徳によって、企業の良心となる人物を、日本の企業に、数多く輩出できたのです。

 慶応義塾大学の福沢諭吉早稲田大学大隈重信は、「日本の歴史上、名を冠した人物」であったかもしれません。しかし、教育者として、新島襄は、この両氏よりも、「レベルの違う、次元が違う、現在のグローバル時代でも通用する教育者」であったのです。

 ですから、新島先生が創設した同志社の学生・生徒たちは、学園を更に大切にし慶応・早稲田の学生よりも、学園に対する「誇り」を、もっと持つべきではないでしょうか。